35話 竜を求めて
バスローブを身にまといながら温いコーヒーを片手に向かい合う。お互いにまったく同じ格好である。
「非常にいい湯だった」
「わかる。すっげー体が楽になった」
交代であの風呂に入ったのだが、凄まじい回復力を秘めたお湯だった。これまでの疲れや節々の痛みは一切合切消え去った。さらに肌も潤って子供のようにぷにぷにでツルツルになった。
「コーヒーもいい豆を使ってるみたいだな」
コーヒーにさほど詳しい訳ではないが、ブラックで飲んでも苦味が少ないものは上等なものだと勝手に思っている。
このコーヒーもそのまま飲んでもあまり苦くはなかった。それどころか微かに甘味を感じた。
「一段落ついたところでだ。リーザスとやらをどう探す?」
「家族からは北の帝国で兵士やってるって聞いたけど……」
この国は実力主義だと聞いたことがある。もしそうならば、奴はかなり上の地位にいるだろう。
運良くその辺でリーザスを見つけて殺せたとしても、とんでもない騒ぎになって最悪俺が殺されてしまう。
「何も案はないのか?」
「うーん……ちょっと情報収集に行ってくる」
とりあえずどこの街でも情報の集まりやすい酒場に行くことにした。バッチリと厚着をして風邪を引かないよう対策をとる。
並んで歩きながら街の様子を眺める。
子供達は雪を使って遊び回り、大人達は雪掻きや買い物をしている。いたって普通の暮らしだ。
そして奥に見える巨大な城。南大陸にあるどの城よりも大きく、きらびやかな見た目だ。
遠目に見るだけでも分かるほどに強力な結界が張られている事に気がついた。だが、ゼルのフルパワーを借りれば破壊できるだろけども、その後のダメージを考えると現実的ではない。
やはり地道に情報を集めていくしかないようだ。やれやれと言う代わりに溜息をつく。
マフラー越しに吐き出した息が白くなっていた。
「寒いのは嫌いなんだよなぁ……」
文句を垂れつつも目的の酒場に到着。そこそこ賑わっているようだ。
各テーブルにまばらに人が座り、酒を飲んで陽気に踊ったりしていた。
人に訊く前に掲示板を確認する。どの街の酒場にも設置されているこの掲示板は、街道の情報やモンスターの出現位置、祭りの告知から他愛のない噂話なんかが張り出されている。
だいたいが役に立たない情報ばかりだがたまに、本当にたまにだが有用な情報が手に入る。
だが今回は成果は得られず。
分かった事は現皇帝の誕生日を祝ってパレードを行うらしい。正直俺にはあまり関係のない話だ。
今後どうするか考えつつカウンター席に座る。
テーブルの上に置いてあるメニューから飲み物とちょっとしたつまみを注文する。
ゼルは店主にここにある中で一番度数の高い酒を持ってこいと告げた。
「こちらスカイハイと黒エール、それからシーデビルの干物になります」
代金を払いながらゼルの頼んだ酒──スカイハイに目をやる。まさかこの酒が売っているとは思わなかった。
南大陸では全面的に禁止されている超危険極まりない酒の一種で、空を飛ぶようなぶっ飛んだ感覚を、という名目のもとに作られた。
コップ一でも杯飲めば、弱い人ならぶっ倒れるレベルのアルコール度数を有し、かなり危険な薬草を煎じられている。
この酒で何人も死者がでたために、各国の協議によってスカイハイは南大陸で販売禁止となった。
しかし闇町のように隠れて売り出しているところは何ヵ所かある。
「おいゼル、その酒は──」
忠告が終わる前に、奴はジョッキいっぱいに注がれたスカイハイを飲み干した。カラン、と氷の音を鳴らしてテーブルに置いた。
「ふぅ、中々にいい酒じゃないか。丸ごと一本くれないか?」
目を凝らしてゼルの顔を見つめ続けるが、一向に赤くなる気配がない。どれだけ酒に強ければこんな涼しい顔していられるのだろうか。
などと黒エールをちまちま飲みながら考える。過去に俺も一度だけスカイハイを飲んだ事があるが、ショットグラス一杯だけだった。しかしそれだけでも三日は吐き気と倦怠感が抜けなかった。
「何だ? ユーリィも飲むか?」
ボトルの栓を開けてラッパ飲みした。一回で半分を胃に納めたというのにまだ酔っている気配がない。
「いらないけど……よくそんなもの飲めるな」
「私は人一倍酒に強いのだ。しかし私が生きていた頃にはないくらいつよいなこの酒は少し酔ってしまった」
「酔ったって……全然そんな風には見えないぞ?」
「ほれ、もっと近くで頬を見てみろ。赤みがさしてるから」
かなり近づいて雪のように白い肌を見つめたが、俺には分からなかった。
「これ以上酔うと今後に支障がでるかもしれないし、この一本で止めておくか」
残った半分のスカイハイを一気に飲んで濡れた口元を袖で拭いた。
「酒場に来たのはいいけど結局空振りだったか。リーザスがどこにいるか分かればどうにでもなるんだけどなぁ」
つまみの干し肉を噛みながら呟く。リーザスがこの地にいることは判明しているが、どう見つけるかが問題だ。
「お前、リーザスに会いたいのか?」
「へぇ?」
あまりにも唐突に話しかけられたせいで間抜けな返事が口からでた。振り向いて相手の顔を見ると、酔っ払って真っ赤に染まった中年の男だった。
「お前はリーザスに会いたいんだろ?」
「えぇ、はい、まぁ」
酔ってはいるが、理性はキチッと残っているらしく、カウンターに寄りかかりながら話を始めた。
「明後日には皇帝の誕生日があるから、警護役として壇上に立ってるはずだぜ」
「それ、ホントですか?」
「ああ間違いないぜ。去年も一昨年も警護してたからな。んで、どうしてリーザスに会いたいんだ?」
「彼女がシャービス時代からリーザスのファンなんです。それで北にいるって聞いてここまで来たんです」
「姉ちゃんも物好きだなぁ。大抵はディアラ目当てで追っかけてる奴が多いのに。それにしてもユーリィが死んだのは残念だったなぁ。アイツはディアラと違った魅力を持って人気だったし……」
しんみりとした口調で言ったあと、その話を打ち切るかのようにジョッキに入った酒を一息に飲んだ。
「リーザスが見たければ明後日の正午に城の前に集まりな。その時だけ城の結界が消えるから誰でも入れるようになるんだ」
そんじゃな、と小さく手を上げておっさんは店から出ていった。
「本人が目の前にいるのにな」
ニヤニヤと笑いながらゼルが言った。
「変装がバレてなくて何よりだ。それとリーザスの情報がわかったな」
「遠くから狙い撃てば殺れる。面と向かって復讐の意を告げられないが、いいのか?」
「んまぁ、ちょっと残念だけど殺れる時に殺っとかないとな」




