34話 帝国の街並み
「おい起きろ」
船の揺れよりも強くゼルに揺さぶられる。のそのそと起きて大欠伸をする。ぼやけた視界を目を擦って直す──と目の前には膝の上に乗ったゼルがいた。
改めて見てもコイツは美人だと思った。今までの人生で三本指に入るほどだ。 サラリとした黒髪に宝石を彷彿とさせる黄金の瞳。
漂ってくる吐息も心なしか甘いような気がした。
「どうした? まだ寝惚けてるのか?」
「ああ、いや……平気平気。とりあえず重いから降りてくれ」
「おっと、すまん」
痺れた足が治るまで椅子の上でコート等の防寒具を着込む。
「そろそろ着くんだろ?」
「もうすぐだ。しかし竜人一人を殺すために別の大陸に来るとはな……」
「俺もこんな大冒険になるとは思わなかったよ」
痺れがおさまって立てるようになる。窓を覗き込むと雪に阻まれながらもうっすらと建物が見えた。
あれこそが北の帝国──自由奔放な南大陸とは正反対のガチガチの縦社会だ。
何においても王族がトップでその下に貴族がつく。さらに下には商人やら平民やらがいる。
そして最も身分が低いのが下民と呼ばれる奴隷階級だ。
全ての行動が制限され、自由はまったくない。実験用の使い捨ての駒や、労働力として使われているようだ。
稀に脱走して上手い具合に南大陸に逃げ込んでくる奴もいるが、大抵が南と北との差に驚く。
さてそんな帝国の中でリーザスを殺すのは難しいだろう。シャービスでは切り込み役のような立ち位置でかなり強かった。
これで奴が軍に入っていたら、恐らくだが上位層に食い込んでいるだろう。
「……やれやれだ」
だんだんと近づく大陸に目を向けながら呟いた。港が近づき、船の速度が落ちる。
完全に停止すると、黒い軍服を着た集団が船に乗り込んできた。
「何しに来たんだ?」
こそっとゼルが耳打ちしてきた。
「危険物の確認さ。万が一帝都内で騒ぎが起きれば責任を取らされることになるからな」
「ふむ、なら私達を取り除かなければ騒ぎが起こるぞ」
ニヤニヤと笑いながら船内を駆け回る兵士達を眺める。全員のチェックが終わると、兵士達は外に出ていった。
そこで待っていた上官に結果を報告して彼らは去っていった。あの中にリーザスがいればもっと早く事は進んだのに。
そう上手くはいかないようだ。
「じゃあ俺達も降りるか」
他の乗客が降りてから俺らも船外へ出た。ひゅるひゅると風が耳元で唸る。人通りが少なく、閑散とした雰囲気だ。
たまに見かける人は痩せこけて薄いコートを何枚も重ねて着て寒さを防いでいた。
南からはるばるやって来た人を貧民街付近に降ろすのはいささかどうかと思うが、仕方がないのだろう。
たぶんというか確実に、貴族皇帝専用の港がどこかにあるはずだ。
「寂しい町だな」
「まぁな……でも俺達は貧民救済に来た訳じゃない。ここにいるリーザスを殺しに来たんだ」
皇居に一直線に続く大通りを並んで歩いていると、物乞いに絡まれる事が多かった。俺は無視を決め込んでいたが、遂に我慢の限界がきたゼルは物乞いの顔を思いきり殴った。
一応加減はしたらしく、吹っ飛ばされた男はぱったりと気絶した。
その後、十歳前後の少年がやって来た。さすがに子供は殴らないだろうと高を括ったようで、しつこくねだっていた。
適当に脅して追い払おうとしていたが、少年は逃げるそぶりを見せずにねだり続けた。
とうとうゼルは少年の胸ぐらを掴んで持ち上げた。繊維が脆くなったコートが裂け、辺りに綿が散る。
「二度は言わない、私とユーリィに近づくな。いいな?」
念を押すようにドスの利いた声で脅した。その迫力に気圧された少年はゆっくりと一度頷いた。
「よしいい子だ」
ニコッと笑って少年を降ろした──直後鋭い平手打ちが頬を張った。積もった雪に叩きつけられた少年は大号泣しながら路地裏へ逃げていった。
以降物乞い達は俺とゼルに近づかなかった。
「ちょっとやりすぎなんじゃないか?」
「これくらいしとかないと、また来るぞ」
「それもそうか……」
怯えたような憎むような目をこちらに向けてくる人々。過酷な環境で生きている彼らに手を差し伸べたいが、今はそんな事している場合ではない。
リーザスを見つけて殺し、急いで南大陸に戻る。そしてディアラとリンファも見つけて叩きのめす。
「あそこから次の層へ行けるみたいだな」
視線の先には簡素な門があった。木でできたそれは、数人いれば容易く開けられそうだが、なぜ誰も挑戦しないのか。
近づくにつれてだんだんとその理由が分かってきた。門には機械生命体が取り付けられていた。
「あれはなんだ?」
機械生命体の認知範囲外でゼルが立ち止まる。
「機械生命体だな。電気を用いて、人間のような思考をする疑似生命さ。北の帝国がよく兵器に組み込んでた代物で、疲れ知らずだし破壊されてもいくらでも予備が作れるから色々と強いんだ」
「なるほど。しかしなぜ門に取り付けてある?」
「たぶん、貧民街の人間を入れないためだろう。人間だと複数人に突破されるかもしれない。でも機械ならそんな事もないからな」
「何者だ」
認知範囲内に入ると、機械生命体の無機質な声が響く。ザラザラとした奇妙な音で背筋がゾワゾワした。
「南大陸からの旅人だ。観光目的でここへ来た。どうか先へ進ませてくれないか?」
「荷物の確認をする」
二人分の荷物を地面に置いた。機械の中心から光が発射され、荷物を包み込んだ。
しばらく照らして唐突に光が消えた。
「解析完了、危険物無し。通っていいぞ」
機械が半分に割れて向こう側へ入れるようになる。荷物を持ち直して貧民街から市民街に入った。
「おお……」
先程の区間とは打って変わって豪華な建物の並ぶ町が現れた。整備された道には街路樹や花壇が並べられ、その周りで人々が談笑していた。
「落差が凄いな」
「基本的にあそこにいるのは犯罪者ばっかりだからな。帝国側も貧民街を処罰の地と指定してるから余計さ」
雪を投げ合って遊ぶ子供達の間を抜け、とりあえず近くの宿に入る。
雪を払い落としてから部屋を借りた。観光客の少ない今の時期は、宿も閑散としていてどこでも好きな部屋を半額にしていた。
一番広い二人用の部屋に決めて代金を支払って鍵を受けとる。
一階の角部屋はそれは広く、今まで泊まってきた宿がどれも霞むほど豪華だった。
二つ用意されたベッドはふかふかで非常に寝心地が良さそうだ。洗面所もこれまた広大で鏡一枚で俺とゼルがすっぽり収まる。
風呂場には大きな浴槽がついていた。二人で入ってもお互いに易々と足を伸ばせるほどだ。
早速、浴槽にお湯を張る。蛇口から流れるお湯は白く濁っていてミルクのようなほんのりと甘い香りがした。
「どうしたぜル、落ち着きがないけど」
「い、いや……あまりにも豪勢な部屋で戸惑ってるんだ。ベッドに寝ても──何て言うか、とにかく落ち着かないんだ」
「なら風呂入ってこいよ。温かいお湯に浸かれば自然と緩むさ」
「そ、そうか? なら入ってみようじゃないか」
言い終わるや否や、その場で服を脱ぎ始めた。別の場所で脱げと言いたいが、無駄だろうと思ってそっと目をそらした。
パタパタと風呂に駆け込み、感嘆の息を漏らすのが微かに聞こえた。
彼女が脱ぎ捨てた服を畳んでベッドの上に乗せておく。
「リーザス……どこにいるんだかな」
肘掛け椅子に腰を下ろして溜め息をつく。ルームサービスで置いてあった紅茶を淹れてゆっくりと飲んだ。
まずはゼルが風呂から上がるのを待って、それからリーザスを探し始めよう。




