29話 妖魔の森
フーラスの町を少し観光し、午後の便に乗り込んだ俺達は東方の国に降り立った。
歴史上の多くの有名な戦士達の故郷はこの国だったりする。東方の国──特に俺達のいるアマツカ国出身が最も多い。
ここの国で低級に位置する冒険者も、他の地方に出向けばランクが一気に数個上がる。
そういった強者以外にも珍しい料理や武器だったり、何かと有名だ。これから向かう竜人の里は発着場がないから徒歩か馬を使うしかない。
日が傾き始めている今から出ても夜中には着く。ゼルがいるとなると早めに宿を取って、明日にした方がいいだろう。
「私なら平気だぞ」
「え?」
「どうせ私がいるから夜の移動は危険だと思ってるんだろ? 今の私にそんな気遣いは無用だ。なにせ魔法で敵を殲滅できるんだからな!」
伸ばした五本の指先に様々な魔法を一度に発動させながらケラケラ笑う。確かに心強いのだが、アマツカ周辺のモンスターは他の地域と比べて段違いに強いのだ。
おまけに夜行性と来たもんで、俺だけならどうにでもなるがゼルを守りつつとなると少々キツいかもしれない。
「まあ、そう不安がるな。私の強さを舐めるんじゃないぞ」
大丈夫だと背中を叩かれ、渋々馬を借りる。栗色の毛と金色の鬣が特徴的な馬だ。
がっしりとした体型で、どの馬よりも速く走れるそうだ。
俺が先頭に乗り、ゼルを後ろに乗せる。背中にゼルの体が当たり、成長したんだなぁ、としみじみと感じた。
子供というのはいつの間にか成長するのか、と親でもないのにそんな気分に浸ってしまう。
「この前までは俺の腰くらいまでしかなかったのになぁ。全部集めたら俺よりデカくなるんじゃないか?」
「残念だが、私の強さと成長のピークはここでおしまいだ。あと数センチ伸びるだけさ」
「女の子だし、そんなもんなのかね」
「そんな事より早く出るぞ。日が暮れてしまう」
「そうだったそうだった……では出発!」
ピシッと手綱を引くと馬が走り出した。街を走り抜けて街道に出る。
整備された道を駆ける馬に揺られて周囲に目を凝らす。
街に近い道と言えど油断はできない。いつどこからモンスターが襲ってくるか分からないからだ。
この街道付近での要注意モンスターはホースアイとスクリーマーだ。
ホースアイは馬の目玉が大好きな変わったモンスターで馬を見かけると走り寄ってきて一瞬のうちに目玉を繰り抜いてしまう。なぜ目を好むのかは解明されていない。
人間はよっぽどの事がない限り襲わないが、馬を守るために応戦すると大体逃げていく。
スクリーマーの方はとにかく厄介の一言に尽きる。ホースアイは接近してくる分、こちらとしても対処がしやすいのだが、スクリーマーはそうもいかなない。
四角い箱形のモンスターで遠目からでも人間を察知すると、とんでもない音量でけたましく鳴き始める。
付近にいるモンスターを集められたら俺たちだけじゃ馬を守りながら捌ききれない。
「……何かいるぞ」
肩越しにゼルが顔を覗かせた。指さす方に目を向けると、真っ黒い体で小柄な老人のようなモンスターが道端にしゃがんでいた。
「……マジか」
あれこそホースアイだ。目を持っていかれる前にこの距離から魔法で撃ち抜くしかない。
手綱を持つ手を片方だけ放して人差し指をホースアイに合わせる。
短く息を吐き、詠唱をすっ飛ばして氷の矢を放つ。振動のせいで多少照準がずれたが、見事に側頭部を貫通した。
ぐらりと上体が傾いて音もなくその場に崩れ落ちた。
「おおー、やるじゃないか」
「何とかなったぜ……正直、当たるか不安だった」
それからも、ちらほらとホースアイを見かけたが全て一撃で仕留めて馬の目の防衛に成功している。
幸いな事にスクリーマーはまだ一度も見ていない。街道を抜けて森に入れば奴等を心配する必要もなくなる──のだが新しい心配事が増える。
街道の奴等と違って森の中のモンスターは茂みから飛び出してくるから向こうにアドバンテージがある。
常に気を抜けないという事だ。馬を失えば弁償かつ、徒歩で町まで戻るしかない。さらにはゼルを庇いながら戦うとなると彼女を守りきれるか心配だ。
「私の心配をしているな」
「よく分かるな」
「こうして触れているとユーリィの心の内が何となく伝わってくる。まあ安心しろ、魂が三つもあれば守られずとも戦えるからな」
「そりゃ頼もしいね」
直後、木の陰からゴブリンが飛び出してきた。手に持った鈍器を振り上げてゼルに襲いかかる。
あっと声を上げる間もなく、ゼルの細く華奢な腕がゴブリンの首を撥ねた。あまりにも一瞬の出来事で俺は理解が追い付かなかった。
あんなにも小さくて弱々しかったゼルグリアが手刀を使ったというのだ。
いや、あのゴブリン村の時から強さの片鱗は見せていたか。包丁一本で群がるゴブリンを全て惨殺するという荒業。おまけにあの体躯で、だ。
そして成長したら手刀を使い始めた。
これもう俺必要ないのでは? 力を与える能力があるから戦闘はできないだろうと思っていた俺が間違っていた。
こいつが魂を全部回収しきった暁に、俺はゼルを止められるのか?
「……手が汚れてしまったな」
「あ! 俺の服で拭くなよ!」
「ふっ、つまらないジョークだな」
心なしか喋り方ももっと大人になっていないか?
そんな俺の不安は夕日と共に胸の奥底に沈んでいった。




