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2話 帰るために

 アイツらに追い付こうと部屋から出る。最初の曲がり角で俺はモンスターに遭遇した。

 青色の肌にギョロついた単眼の巨人、サイクロプスだ。


 普段の俺なら即座に首をはねて始末するが今の状態では無理だ。

 この痺れた手足でどうにかなる相手ではない。戦えば死ぬことは明白だ。意を決して俺は反対方向へ駆け出した。


「火の精霊よ、我が元に集まりて鏃の形となれ……!」

 この程度の低級魔法ならなんとか生成までは持っていける。あとは振り返って奴の巨大な目玉に撃ち込むだけだ。


「くらえ!」

 反転直後に火の矢を放った──しかし手から離れる直前、ピリッと痺れの余韻が襲ってきた。

 手元がぶれて炎の鏃は蛇行して壁に激突。そして消滅した。


「おい冗談だろ……?」

 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべて近づいてくるサイクロプス。魔法が使えなくともまだ打つ手はある。

 腰に巻いてある袋から煙玉を二つ取り出した。


 もしもの時のために持っていたこれが役立つときが来るとは。人生何が起きるか分からないものだ。


 煙玉を地面に叩きつけると大量の煙が立ち上った。煙に紛れて来た道を戻る。サイクロプスを倒さない限り、先へは進めない。

 仕方がなく引き返して宝のあった台座の裏に隠れた。


 ドスドスと重い足音が迫ってくる。サイクロプス程の馬鹿でも俺が戻った事を理解したようだ。

 ──どうしたものか、もう一度煙玉を使って強引に突破するか……。それでは煙玉が尽きた時が俺の最期となる。


 うだうだ迷っていると、左側から生暖かい風を感じた。腐乱臭が鼻をつき、吐き気を催す。

 何とか堪えて左を見ると、サイクロプスの巨大な顔面があった。


 ニタニタと歯を剥き出し、俺の様子を伺っている。座った状態から大きな一つ目に蹴りを叩き込む。


 ぐちゅり、と角膜を貫き、水晶体を破壊した。背筋が凍るような嫌な感触が足を包み込む。

 サイクロプスはけたましく絶叫しながら辺りを転げ回った。


 闇雲に振り回される手が台座に触れ、奴はそれを思い切り引き抜いた。数秒前まで俺がいた方向へ台座が飛んだ。

 壁に激突して台座は粉々に砕け散った。砂煙が舞い散る中、俺は壁の向こうに道を見た。


 目を潰したサイクロプスを放置して吸い込まれるように通路へ入っていく。

 左右の壁に燭台は無く、背後の部屋から差し込む明かりだけが頼りだ。


 どれだけ歩いただろうか。どこまでも続く一本道を進んでいると、いつしか完全に闇に覆われた。

 簡単な魔法を唱えて手に炎を灯す。

「……ん?」


 通路が微かに揺れたような気がした。気のせいだと思ったのだが、しばらくすると何者かの足音が聞こえてきた。

 ドスドスと乱暴な足音が後ろから近づいてくる。


 おそらく、いや確実に先程のサイクロプスだろう。俺の足についた異臭を追いかけてきたのだ。

 痺れる体に鞭を打ち、俺は駆け出した。


 悲しいかな、人間とサイクロプスでは歩幅が段違いだ。すぐ後ろまで迫っているのは見なくても分かる。


 突然、道が終わり、俺の前に古ぼけたドアが現れた。本当の最深部へのドアだと確信して勢いよく開け放つ。

 サイクロプスの振り上げた拳が部屋に飛び込んでくる直前にドアを閉めた。


 鉄製の扉は一撃でへこんでしまった。あともう一発で壊れてしまうだろう。

 万事休す、絶体絶命……そう思っていたが、不思議とサイクロプスは攻撃してこなかった。

 得体の知れないものに手を出す勇気がなかったのだろう。

 目も潰れているしなおさらだ。


 おかげで部屋を調べる余裕ができた。正面の燭台に火を灯して周囲を確認する。

 ぐるりと一瞥した結果、正方形の部屋で変わった仕掛けは無い。

 ただ、四面全てにびっしりと魔術式が記されていた。


 術の始まりを示す六芒星から数行読んでみたが、かなり大規模な転移魔法のようだ。

 しかし深層域のここでは使えないはずだ。誰かが用意したとは思えない。

 このダンジョンの製作者が仕掛けたもので間違いないだろう。


 一体どこへ飛ばされるのか見当もつかないが起動しない限りは安全だ。

 そう思った矢先、小部屋が揺れ始めた。サイクロプスが攻撃を再開したのだ。


 天井はいつ崩れてもおかしくは無い。剣を抜こうと柄に手をかけた直後、術式の文字が輝き始めた。足下の魔法陣もそれに呼応するように光を放つ。

 早く転送してくれないと生き埋めになってしまう。急げ急げと念じ、冷や汗を拭く。


 瓦礫が降ってくる直前、俺の体が宙に浮いた。そのままパシュン、という軽い音と共に消える。

 光の道を流れるように移動して俺はどこかへと送られた。


 空中に放り出されたが膝を使い柔らかく着地する。あれだけの文字量の術式だ。

 ここはあのダンジョンからかなり離れた場所と考えた方がいい。


 岩肌剥き出しの空間。随所に池のようなものがあり、そこから青い光が漏れている。

 幻想的な風景だが見惚れている場合ではない。


 痺れも収まってきてようやくまともに剣が持てるようになった。鞘から抜き取って構えながら歩く。

 あり得ないくらい静かで俺が歩く音しか聞こえない。さらには精霊の気配もない。


 ここでは魔法が使えなさそうだ。最悪、体内の魔力を使えばいいが肉体への負担が大きいから最終手段となる。もっとも、魔法が撃てるかわからないが。


「なんだ……これ」

 先程とはうってかわって明らかに人の手が加えられた広間に出た。

 踏み込んだ瞬間、背後の壁がくっつき後退できなくなってしまった。否が応でも進まねばならないようだ。


 周囲を見渡してみるが特に何かが置いてあるわけでもなく、巨大な石の扉があるだけだ。

「お宝でもあんのか?」

 扉に近づこうとした瞬間、天井から殺気を感じた。思い切り飛び下がって上を見る。


 天井には四つ足の化け物が張り付いていた。紫色の短毛に凶悪な爪、そして鋭い牙の生えた巨大な顔。

 今まで俺が遭遇してきたモンスターにもあんな奴はいなかった。


 奴の光の無い真っ黒い瞳と視線が絡んだ。たった数秒の出来事なのに全身が粟立つ。

 こちらを見据えたままピクリとも動かない。


 深呼吸をしてとにかく奥の扉に入ってみようと右回りに歩きだす。しっかりと四つ足モンスターから目を離さないようにする。

 どの角度に行こうとも視線がついてくるのは不気味としか言えない。


 中央のラインに差し掛かった瞬間、奴が唸った。犬のように低く喉を鳴らしている。

 さらに近づくと強く唸る。

 試しに一歩引くと唸るのを止め、俺を見つめるだけになった。


「なるほど……」

 戻っても何もない。となれば最後の希望は石の扉だけだ。

 あるだけ煙玉を部屋全体にばらまく。白い煙が立ち上ぼり、部屋中を満たした。


 煙の中を足音を殺して走り抜ける。石の大扉に手をかけ、渾身の力をかけて押す。ヤツを倒さないと開かないとかならば一巻の終わりだ。


 そうでない事を祈って踏ん張る。僅かに扉が動き、俺が通れるくらいの隙間ができた。

 急いで潜り込み、扉を閉める。背後から奴の咆哮が聞こえたが、扉を破壊しようとはしないようだった。

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