16話 成長
初めてゼルと出会った時と全く変わらない石版が佇んでいた。前回と同じようにこれを破壊するのだ。
剣はもうボロボロにはできない。先ほどぶんどってきた大鎌を振りかぶる。
「ふんッ!」
ゼルの力を借り受けながら一気に振り抜いた。紙でも切るかのようにするりと石版は割けた。
斜めに入った切れ目から滑るように倒れる。
直後、眩い光が切断面から漏れだした。それは球状になって宙に浮いた。
ふわふわと漂いながらゼルの周りをくるくると回る。
「お帰り」
彼女の手の上で嬉しそうに瞬いた球体はゼルの胸に吸い込まれていった。満足そうな笑みを浮かべるぜルが突然倒れた。
苦しそうに膝をつき、体を抱いて縮こまっている。徐々にぜルが輝きだした。始めは背中だけだったが、今や全身が光で満ちている。
獣のような唸りを上げ、辺り一面が光に包まれた。鎌を取り戻しにやって来た悪霊も、圧倒的な光の波導に呑まれて呆気なく消滅した。
遂には目を開けているのも難しくなるほどに煌めいた。そして不意に光が弾けた。静まり返った祭壇内に、ゼルの荒い息遣いだけが木霊する。
ゆっくりと立ち上がり、俺の方を見て笑顔を作った。しかし体が傾き倒れそうになる。
慌てて支えると、彼女が大きくなった事に気がついた。そのせいで洋服が破れる音がする。
ワンピースの肩の辺りが裂け、白い肌があわらになる。まさか魂を取り戻すごとに成長するとは思わなんだ。
完全に服が崩壊する前に海竜の待つ入り口まで走る。ぜルが気を失った事で契約が途切れたかと不安だったが、彼はまだ従順なままだった。
「……死んだのか?」
「気を失ってるだけだ。それより元の洞窟まで戻ってくれ」
嫌々ながら俺達を乗せて潜水した。しばらくしてぜルが目を覚ますと自身の体を点検し始めた。
「少し成長したみたいだな」
千切れた肩の布を直しながら言った。
「全部回収しきったら、私は本来の二十三歳まで成長するだろう」
「俺より年上になるのか」
「どうかな。集めるのにどれだけかかるのか分からない。ユーリィの方が上になってる可能性もあるさ」
それきり、会話はなくお互い疲れて口を開かなかった。最初の場所に戻り、海竜の背中から降りた。
「最後の命令を与える。私達と出会った事は忘れ、再び魂を守る仕事につけ」
爛々と光る目を向けていた海竜から、ピタリと怒気が消滅した。目は半開きになり、眠たそうな表情をとる。
「何したんだ?」
「契約を解く代わりに最後の命令を押し付けた。しばらくすれば意識もはっきりとしてくるはずだ。そうなる前に退散するぞ」
凍った地面に足をとられながらも鉄の扉をこじ開けて出口まで走る。
細い隙間から先にぜルを出す。行きより体が大きくなったせいか、少し苦労しながら地上へ這い出た。
俺も頭から先にだし、胸、腹、と順番に抜ける。腹が突っかかりかけたが身を捩って無理矢理通る。
最後に足を抜き取って脱出完了。
「眩しいな……」
「あれだけ地下にいたんだから仕方ないだろ」
照りつける太陽を手で隠しながら岩に腰かける。
「ま、晴れて一つ目の魂を回収できたな」
「そうだな。こんなにも早く見つかるとは思わなかった」
「同感だ。俺も最初の復讐がこんなに簡単に終わるとはな」
「この調子で次も見つけたいもんだ」
「まずは西にある獣人の村だったか? そこに相手がいるんだろう?」
「パルメってネコ系の獣人がな。軽い身のこなしと手癖の悪さが特徴」
アイツがよくスリをしていたのが脳裏によぎる。町を歩いている兵士、買い物帰りの主婦、誰彼構わず盗んでいた。
一度ディアラに咎められていたが、以降は誰にもバレないように続けていた。
俺が知っているのは、注意深くパルメを観察していたからだった。カバンに手が伸びる瞬間、手首を掴んでやめさせる。パルメが一人で町を歩きたいと、言う時は必ず俺がついていった。
「バルデンの情報が本当かどうかだけどな」
「行けば分かるさ。そんな事よりお腹が空いた」
「え!? もうかよ!?」
空腹を訴えるぜルを担いでバルデンの小屋まで引き返す。食べ掛けのサンドイッチを物凄い早さで胃に納めると大きく息をついた。
「さて今日はここで休んで明日村に帰ろう」
「そうだな。日が落ちるのも早いな」
「長いことあそこに潜ってたみたいだしな」
それぞれの部屋のランプを消してベッドに横になる。そう言えば風呂に入っていなかった。
湖に飛び込んだが、それで洗ったことにはならないだろう。
だが、急に疲れが襲ってきて、風呂どころの話ではなくなった。巨大な欠伸をすると、心地よい闇が迫ってきた。
目を閉じ、身を委ねると静寂が訪れた。
隣の部屋にいるゼルグリアは夕日を眺めながらベッドに座っていた。貰った服の中には今のゼルにちょうどいい大きさの服がいくつか入っていた。
真っ黒いドレスに身を包んだ彼女は拳を握りしめた。
「アイツといるのも……悪くはないかもな」
無意識に呟いた事に赤面し、枕を殴る。少量の埃が舞って小さなくしゃみが出た。
「私は世界を破壊するんだ」
自分に言い聞かせるように何度も繰り返し呟く。枕に顔を押し付け、彼女はいつしか眠ってしまった。




