13話 欠片の声
「美味いな」
「ああ、空腹だからよけいに美味く感じる」
並んでサンドイッチを食べる。肉と野菜を挟んだだけの簡単な代物だが、かかっているソースが味を引き立てていた。
「次の行き先は西か……」
現在地は大陸の南にある森の中。ここからリンクル村に行くには、一度王都に向かわなければならない。
そこから西行きの飛空挺に乗船して、近場の村に降りる。そこから歩いてようやくリンクル村に到着する。
「何か言ったか?」
「ん?」
口に運ぼうとしていたサンドイッチを止め、ゼルが言った。キョロキョロと周りを見て最後に俺の顔に目を向ける。
「いや、誰かに呼ばれた気がしたんだ……」
サンドイッチを丸々放り込み、飲み下す。そして今度はいきなり立ち上がった。
小屋を見つめ──いや、小屋ではなくさらにその奥を呆然と眺めている。
何かに惹かれるようにゼルが歩きだした。その様子を傍観していた俺は慌てて引き止める。
なおも進もうとするゼルグリアを抱き上げて地面に置いていたコップの水を顔にかける。
金色の瞳に生気が戻り、不思議そうに俺と目を合わせた。
「私は……何を……?」
「おい、しっかりしろ。お前突然歩き始めたんだぞ?」
「私は……呼ばれたんだ……」
「何にだ?」
「私にだ……あっちに私の魂が眠っている」
「あっちの方に?」
幾度となく訪れているこの地だが、ゼルを封じていたような遺跡は一度も見たことがない。かなり詳しく探索をしたこともあるが、見つかったのは捨てられた研究所の跡地だけだった。
「とにかく私についてこい」
「ちょっと待てよ!」
サンドイッチを置きっぱなしにしてゼルが森の奥を目指して歩きだした。急いで片付け、その後を追いかける。
まるで全てが分かっているかのように黙って森の深層へと近づく。研究所を過ぎた辺りからモンスターの気配もがなくなり、砂浜に出た。
危険なモンスターが大量に潜んでいる事で有名な海域へと続く場所だ。普通の人間はまず近づかない。
耳を澄ませるように目を閉じていたゼルが岩場の方へと駆け出した。
「……こっちだ!」
海藻の張り付いた岩場を巧みに登り反対側に降り立つ。
「ここだ。ここに私の魂がある」
岩と岩の隙間。人がギリギリ通れるくらいの細さだ。その奥に道が続いている。
小さな体を活かしてするりと隙間に身を滑り込ませる。
それに続いて俺も足からゆっくり入る。
頭と肩が突っかかりそうになったがゼルに手伝ってもらい、ギリギリで通れた。
入り口から射し込む太陽しか灯りはない。奥の方は真っ暗で何も見えない。
手のひらに炎を発生させて辺りを照らす。入り口の狭さからは想像できないほどに広い。
普通に立って歩けるし、横幅も身を縮めずとも進める。
「行くぞ、私が待っている」
緩やかな螺旋の坂道を下っていくと三ツ又道に出くわした。そこら中に人骨が散乱している。
ここで餓死したか、はたまたハズレの道を引いて殺されたか。
「どの道だと──」
立ち止まって尋ねようとしたが、何の躊躇いもなくゼルグリアは真ん中の道に進んでいった。
「道、わかるのか?」
「ああ、頭の中の声に従えば目的の場所につくさ」
それから何度も分岐に出くわしたが、ゼルのおかげで難なく通過できた。
「モンスターが一匹もいないのは不気味だな」
長らく潜っているが見つかったのは骨ばかりだ。その骨が怨念によって動き出すようなこともない。
「ハズレの道にはいるようだぞ。見に行くか?」
「嫌だよ。それで死んだら洒落にならねぇよ」
なんとも笑えない冗談を言う。暗闇に潜む得体の知れない化け物ほど恐ろしいのは生きた人間くらいだ。
「そろそろ最奥だ」
どれだけ深いかは分からないが、かなり降りてきた。一般的なダンジョンの数倍の深度だろう。
錆びた鉄の扉を二人で押し開けて中の様子を確認する。
「敵は……いないな」
半円形陸地があり、その奥は巨大な湖のようになっている。入り口に松明が刺さっていたが湿気ってしまって役にたちそうにない。
だがそこら中に生えているヒカリゴケが部屋全体を照らしていた。
「地下水でも湧き出てんのかね」
火を消して湖に近づく。少しだけ指をつけて舐めてみると、しょっぱかった。
「これ海水だ!」
「ということは、どこかの海域に繋がっているということか?」
「そうだろうなぁ……」
透き通った水面を眺めていると、一瞬だけ黒い影が動いたように見えた。最初は目を疑ったが、これだけ暗いのだ。
見間違えもするだろう。
「で、魂の欠片は見つかったか?」
「いや、この部屋から強烈な力を感じるのだが、まだ見つからないわ」
「海底にあったりしてな」
「勘弁してくれ。いくら何でもこんな所に潜るのは嫌だぞ?」
もう一度覗き込んでみると、また黒い影が動いた。今度は気のせいなんかではない。
確実に浮上してきている。見ただけでわかる巨大な生き物だ。水面が盛り上がり、滝のように水が流れ落ちる。
「何者だ」
重々しい声が頭上から降ってくる。水のヴェールを脱いだ敵の正体は──なんと海竜だった。
海に生息する巨大なモンスターの一角で、生息数の少ないレアな奴でもある。
手足は無く、蛇のような体つきだ。しかしつるりとした体表ではなく、堅牢な鱗に守られている。太く鋭い牙を剥き出しにして唸っている。
一生に一度遭遇すれば幸運が訪れるとも言われている吉兆の印だ。本来温厚な性格の海竜だが、魔神少女の魂を取り返しに来た俺らにはどんな対応をしてくるのか。
どんな先制攻撃にも対応できるように身構え、敵の瞳を見据える。




