1話 裏切りは唐突に
ひんやりとした空気に包まれた通路を歩き続ける六人組のパーティ。
常に周囲を警戒し、敵を見つけても即座に戦闘体勢を取れるようにしていた。
このダンジョン、何かがあると言われている噂だが強力なモンスターがうろついているため、最下層まで降りた者はいない。
おまけに中層域以降から脱出魔法が効かなくなり、生還率が低くなるという超高難度のダンジョンだ。
明け方から潜り込んでいる俺達だが、遂に最深部と思われる扉の前に辿り着いた。
全員の装備はモンスター達の攻撃によってボロボロで、顔には疲れが浮かんでいるが、この扉を見てそれは一瞬で吹き飛んだ。
お互いに顔を見合わせて巨大な鉄扉を押し開ける。宝を守る番人がいるかと、身構えるが運良く何もいなかった。
部屋はさほど広くなく、華美な装飾がされているわけでもない。
ちょっとした壁画が掘られているだけだ。その画も何も意味しているのかよく分からない。
そして中央には簡素な台座に似合わないきらびやかな宝玉が安置されている。
極炎の神の血を閉じ込めたとされる伝説上の秘宝、フレイム・スフィア。
封じられた炎神を現世に呼び戻すために使うらしい。が、極炎の神とやらがどこに封印されているのかは誰も知らない。
持っていても美しい宝というだけだろう。
「このダンジョンにこんなものがあったなんて……」
リーダーであり、人間のディアラが宝玉を手に取って感嘆の溜息を漏らす。
さらさらの金髪に空を写したような青い瞳が特徴的な青年だ。
俺をパーティに誘ってくれたのも彼だ。
「フレイム・スフィアがあるなら、アクア・スフィアもエレキ・スフィアもあるって事よね……」
宝玉に魅入るディアラの手から、引ったくったのはエルフのリンファだ。
銀色の髪で釣り目の美人だ。みんなのお姉さん的立ち位置である。
そしてその横から宝玉を見つめるのが獣人のパルメとドワーフのバルデン、それから竜人のリーザス。
他がワイワイ盛り上がっている中、俺は一人で部屋の中を調べ回っていた。
フレイム・スフィアは確かにとんでもないお宝だが、なんだか物足りない俺は隠し部屋でも無いかと壁を叩いたりしてみる。
一ヶ所だけ、他と音の違う場所があった。耳を近づけてみると、壁の向こう側には空間がありそうだ。
何とかして破壊できれば確かめられそうだ。
「ユーリィ、こっち向いて!」
「ん?」
壊すために一歩引いたとたん、ディアラに呼ばれた。振り向いた瞬間黄色い紐状のものが俺の全身に巻き付いてきた。
体が痺れ、その場に崩れ落ちる。罠が作動したのかと思ったが、彼らの表情を見る限り違うようだ。
不快な締め付けに耐えつつ全員を睨み付ける。
「何の……冗談だよ……」
「ユーリィ、僕らは君をメンバーから除外することにした」
ディアラが冷ややかな目で言う。一切の感情も籠っていない恐ろしい口調だ。
「君がこのシャービスに入ってから三年が経った。巷じゃ君が一番人気らしい」
「人気取りに負けた腹いせに俺を追放か?」
「まあ、そんなところかな。それに、このダンジョンを攻略したから君はもう必要ない。元々、ソロでも実力のある君を引き込めたからここに挑戦したんだ。三年間、連携もとれるようにね」
「でもな、このフレイム・スフィアがあれば俺達は最強へと至れるんだ」
ここでリーザスが引き継いだ。鋭い爪の先で器用にスフィアを回転させている。
「我が竜人の里にはとある言い伝えがあってな。玉を持つものは強者へと至る。玉を揃え、神獣を従えれば神へと至れるとな。この玉があれば俺らは無敵になるんだよ」
竜人族にそんな言い伝えがあったことを俺は知らなかった。それにしても炎神、雷神、水神を従えられるとは。
「それで? スフィアを集めて神にでもなってどうするつもりだ?」
「ワタシ達は五柱の神になるんだ~! ずーっと崇められる存在にね~」
と、パルメが尻尾を左右に振りながら微笑む。
それぞれが五つの種族の頂点に立つということか。まったくアホみたいな話だ。
今現在、信仰されているのは世界を始めた創造神のみだ。その圧倒的な信仰心に勝てるというのだろうか。
「そろそろワシらも退散しないとモンスターどもが集まってくるぞ」
「そうだね、バルデン。じゃあ、ユーリィ。君の活躍には感謝するよ。最後までお疲れさま」
バルデンが聞き耳を立てているようだ。奴の察知能力は並外れた精度を持つ。おそらく、数分後にはモンスターがやってくるのだろう。
「待てディアラ!」
動かぬ体を捩って叫ぶが、彼は振り返りもせずにこのばから立ち去った。背を向けながら手を振り、角を曲がった。
完全に捨てられた俺は絶望した。
仲間に捨てられ、こんな高難易度のダンジョンに一人で置き去りにされた。ここまでこれたのは彼らとの連携があってこそだった。
それが無くなった今、生還の確率は限りなくゼロに近くなった。
どうして、俺が何をしたと自問してみるが答えはない。奴らの顔が脳内にちらつく度、今度は怒りがふつふつと沸いてきた。
何が何でもここから生きて帰って奴らを──シャービスの連中をあの手この手で絶望の底に叩き落としてやる!
そう心に誓い、全身の力を込めて立ち上がる。
まとわりついていた黄色い鎖を引き千切り、投げ捨てた。まだ痺れてはいるが少し動く。
剣を杖がわりにして俺は怒りの第一歩を踏み出した。