【別視点】侯爵と王
台風が迫ってきております…
暴風域に入りそう…
皆さま、作戦は命を大事にでいきましょう
追撃の手は無かったが、市民達の顔には色濃い疲労が浮かんでいる。
近隣の町までは然程離れておらず、距離は馬車で一週間程度だが、最終的に二週間も掛かってしまった。
これだけの時間があれば、城塞都市は完全にイェリネッタ王国の拠点として機能してしまっている筈だ。
道が整備されているとはいえないが、背にはイェリネッタ王国の拠点があり、補給や増援の頻度と質は格段に向上したことだろう。
逆にこちら側は窮地に立たされてしまった。王都騎士団、国境騎士団、近隣の上級貴族に力を借り、城塞都市の奪還に動かねばならない。
だが、相当数の兵を集めたとしても、城塞都市攻略には数年を要することだろう。
「騎士団の再編成を行う。国境騎士団の団長は戦死したな。副団長に死傷者数と今後の兵力を出させろ。後は物資だ。早急に手配せよ」
指示を出すと、部下達が走り出す。町に辿り着いた私はすぐさま準備を開始していた。
兵や武具の損耗は軽微だったが、士気は大きく下がってしまった。
あの未知の武器がまずかった。訳も分からず仲間を失った兵は恐怖心を抱いたことだろう。
だが、その未知の武器を操る敵と対抗する者がいたのだ。
「あの時、我らの撤退を補助したのは、まさか……」
そう呟いた時、町の入り口を多数の騎士達が現れて塗りつぶした。その先頭には白い鎧を着たムルシアの姿がある。
「父上!」
私の指示により他所から兵を集めてきたムルシアは、ようやくこの町まで辿り着いた。
「遅いぞ。貴様、何をやっていた」
怒気を孕ませてそう口にすると、ムルシアは顔を強張らせて背筋を伸ばした。
「は、はい! 申し訳ありません! 少しでも多数の兵をと思い、方々へ使いをやって数を揃えました! 遅れないよう第一軍と第二軍に分けてここまで来たのですが……」
その言い訳に、どうしようもない怒りが湧き上がる。
「馬鹿者が……! 貴様は何をするのも遅い! 常人ならば一を学んで一を知る。物覚えの良い者ならば一を学んで二、三と知識を蓄えていく。だが、貴様は十を学んでようやく一だ」
「も、申し訳ありません! お、覚えが悪いとは自覚しているのですが……」
「遅いと自覚してるならば他人より早く考えて早く動け、馬鹿者!」
怒鳴ると、ムルシアは体を小さくして萎縮した。普段の努力は買うが、この気の弱さと物覚えの悪さは許し難い。
腹立たしい気持ちでムルシアを睨んでいると、町の入り口から新たな兵の姿が見えた。騎兵を主とした一団だ。
「ジャルパ・ブル・アティ・フェルティオ侯爵。卿ほどの者がそのように言うものではない。若人が萎縮してしまっているではないか」
その声に、振り向くと同時に片膝をついてしゃがみ込んだ。
「陛下、これはお耳汚しを……」
聞き間違えようのない、唯一人の主君の声だ。私はそれまでのやり場のない怒りや苛立ちが瞬く間に霧散するのを感じながら、深く頭を下げた。
小石を踏む音が間近で聞こえ、頭上から声が降りてくる。
「侯爵、立つが良い。状況を説明せよ。戦況はどうなっている?」
そう言われ、私は自らの顔が引き攣るのを自覚した。
だが、答えねばならん。
「……城塞都市、スクデットは陥落いたしました。ですが、必ず奪還します。今、そのための準備を進めているところで……」
「……戦況は分かった。詳細を話せ。卿が到着した時には、もう陥落していたのか?」
僅かに苛立ちを滲ませるその声に、冷や汗が流れる。
「私が到着した時には、ワイバーンを用いた謎の攻撃により、スクデットは陥落間近でした。完全に包囲されて籠城しているところ、街道のある西側から攻め込み、包囲の一辺を断ち切りました。ところが、敵が不思議な球状の武器を投げると、我が騎士団が何人も吹き飛ばされたのです」
「……なに? 魔術具か?」
「分かりません。ただ、その汎用性は高く、前兆も殆どありませんでした。投げるだけで火花が散り、それが何かに当たった瞬間、激しい音とともに爆炎が生じます。後退しながらその攻撃を受け、更には上空からワイバーンもその球状の武器を降らせたのです」
そう説明すると、唸り声が聞こえた。
僅かな沈黙の間が、まるで死刑を待つ犯罪者のような気分にさせる。
口の中が乾燥していくのを感じて浅く、長く呼吸をしていると、陛下は口を開かれた。
「……わかった。それで、退却してきたわけだな? 被害は?」
陛下は冷静だった。体の力が抜け、肩や背中が異様に強張ってしまっていたことに気がつく。
「我が騎士団の被害は軽微なれど、スクデットに配備された国境騎士団は三割が戦死。更に二割は重傷を負いました。最後の撤退時に追撃を受けなかったため、市民はほぼ死傷者無しで避難を完了しています」
「……追撃を受けなかった?」
懐疑的な声が響いた。
これは、私がイェリネッタ王国と通じていると疑いの目を向けている可能性がある。
そう気が付いた時、また、背筋に冷たい汗が流れた。
「はい。曖昧な報告になりますが、我々が撤退を開始した時、もう一つの街道がある南側から何者かの援護を受けました。何が起きたかは分かりません。ただ、魔術の気配も無く、ワイバーンが瞬く間に何体も落ちるのを見ました。敵はそれを脅威と判断し、兵の向ける先をその何者かに……」
言いながら、私は歯を嚙み鳴らす。
なんと恥辱にまみれた報告か。我が騎士団と国境騎士団の背中を斬りつけるより、謎の武器を扱う第三者を倒す方が先決と判断されたのだ。
敵を取り逃せば、次は倍の兵を率いて攻めてくる。だから、脅威となる相手は出来る限り優勢時に叩き潰さなくてはならない。
だが、イェリネッタ王国は私よりも謎の第三者を優先したのだ。
この事実に腑が煮え繰り返る。
「……十中八九、ヴァン新男爵であろう。だが、彼はまだそれほど多くの兵を準備出来ない筈だ。交戦せずに逃げてくれれば良いが」
と、そんな陛下の声が聞こえ、私は思わず顔を上げる。
「ヴァ、ヴァン……!?」
声は後ろからした。ムルシアが発したのだ。
驚いたムルシアの言葉に、陛下は僅かに眉間の皺を緩め、浅く頷いた。
「もう侯爵領にも噂は流れているのではないか? ヴァン・ネイ・フェルティオ少年が辺境の村を開拓し、ドラゴンの討伐を果たした。その功績を称え、彼は幼くして叙爵することとなった」
陛下は満足そうにそう告げる。
その言葉に、ムルシアは驚きに目を見開き、やがて涙ぐみながら笑う。
馬鹿者と叱責したかったが、今はそれどころではない。
「陛下。勝手な発言をお許し下さい。ヴァンは、どうやってドラゴンの討伐などという功績を挙げることが出来たのでしょうか。あれは四元素魔術も出来ず、手勢も数人程度。はっきり言って、何者かが介入しているとしか思えませんが」
自分の考えを述べると、陛下の目が吊り上がった。そして、明らかに怒気を孕む声が頭の上に降ってくる。
「……侯爵。私が、嘘を吐いている、と? それとも、その何者かに騙されている、とでも言う気か? この私が、そんな下らない謀に引っかかっている、と? それほど浅慮に見えたか?」
言われ、私は深く頭を下げて謝罪した。
「も、申し訳ありません。そのようなつもりは……」
頭を下げながら、頭の中に旅立つ際のヴァンの顔が浮かんだ。
あの子供が、本当にドラゴン討伐を?
だが、いったいどうやって……。
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