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【別視点】イェリネッタ王国騎士団の驚愕

 猛り狂うように炎の壁が我が兵達を焼き払い、その炎に勢い付けられた敵の兵達が攻めに転じて向かってくる。


 守勢から攻勢に移る速度は極めて迅速であり、明らかにあの炎の魔術を予想していた動きだった。


「……スクーデリアの番人が出てきたか」


 そう呟き、素早く指示を出す。


()()()()()。すぐに指示を出せ。冷静に黒色玉を投げるように」


「はっ!」


 私の言葉に、伝令は前線へと向かった。


 暫くして前線から響き渡る衝撃と爆発音に、私は口の端を上げる。


 黒色玉。


 これまで搾取されるだけだった北の小国の生活を一変させた、強力過ぎる新たな武器である。


 数は無いが、重要な戦に惜しみなく使用すれば脅威的なまでの戦果を発揮する。この新兵器を手にしたことで、長年苦汁を舐めさせられてきた我が王国が、念願のスクデット侵攻を決めることができたのだ。


 黒色玉は魔術士として戦うことの出来ない者でも、それ以上の戦果を挙げることが出来る。


 兵士達は逃げるように距離を取りながら黒色玉を投げた。それだけで、あのフェルティオ侯爵の騎士達が数を減らしていく。


 そして、対応できずに警戒する兵士達の足は止まった。


「……今だ。今が絶好の機会だ。合図を出せ。この機会を逃すな」


 そう告げると、副官が空に向けて合図を送る。小さな火柱を三本作り出すと、空で弧を描いていたワイバーンが速度と高度を落とし、黒色玉をばらばらと撒いていった。


 対処など、間に合うわけがない。


 目の前に集中していた敵兵達は、空から降り注ぐ黒色玉の爆発によって吹き飛ばされることとなった。


 次々と爆発音が鳴り響き、敵の陣形はあっという間に壊されていく。


「……素晴らしい。想像以上の成果だ。これほどまでに上手くいくとはな」


 私はそう言って肩を揺すって笑い、自らの翠緑の髪を後ろへ撫で付けた。


 今回の戦の要はこの城塞都市スクデットの陥落である。近隣の町二つと村三つはスクデットへの補給を断つためだったが、この様子ならば最早不要と言える。


 スクデットで防衛に徹していた兵団も撤退に動きを変えたようだ。防衛の手が減り、退却路確保に動き出している。


 城壁は空から受けた黒色玉の影響で一部が大きく崩れ、我が騎士団が城塞都市の内部に入り込み始めていた。


 ついに、我が積年の想いであったスクデット攻略を成す時がきたのだ。


 イェリネッタ王国の第三王子として、王国第二騎士団を任されてから、何度苦汁を舐めさせられてきたことか。


「逃げる騎士や市民などつまらんが、追撃は戦の華だ。ワイバーンで逃げる先に黒色玉を落とし、背後からは剣で切りつけろ。奴らに惨敗というものを教えてやろう」


 笑いながらそう言って城塞都市を見ると、まさに今、城塞都市から市民と兵士達が出てくるところだった。


 伝令が指示を伝えに走り出す。


 前線は下がりながら黒色玉を投げている最中だ。追撃のために陣形を組み直すには少々時間がかかるだろうが、敵も市民を抱えたせいで動きが悪い。


「……焦らずに陣形を整えろ。こんな絶好の機会は二度と無い。この一戦で、フェルティオ侯爵の首をとるぞ」


 そう言って、自らも逸る気持ちを抑えつつ、戦況を確認する。


 火の魔術を確認したため、ワイバーンは城壁の上で待機させているが、追撃が始まればまた敵軍の正面に回り込んで黒色玉を使用することができる。


 黒色玉の残りはもう半分程だが、それでも十分過ぎる。


「完全に詰みだ。スクデットを奪い取ったということは、この地一帯を押さえたのと同義と言える。三ヶ月防衛して拠点を強化し、また新たにこの地から次の拠点を奪えば……」


 輝かしい未来に想いを馳せ、私は我が騎士団の陣形を確認し、頷いた。


「さぁ、殲滅戦だ! 追撃を行う! 兵士も市民も気にするな! 皆殺しにしろ!」


 勝鬨に等しい、最後の命令を下す。勝ち戦を肌で感じていた兵士達は怒号のような歓声を上げ、剣を振り上げて突進を開始した。


 私は口の端を上げ、城壁の縁に掴まっているワイバーン達に手のひらを向け、叫んだ。


「傀儡の魔術師共に指示を出せ! ワイバーン隊は敵の逃げる先に行き、黒色玉を投下せよ! 火の魔術に気をつけ、高度は必ず維持しろ!」


 これで終わりだ。


 そう思ってワイバーン達の飛び立つ姿を見ようとしていると、突然不可解な事象が発生した。


 一番手前に留まっていたワイバーンが、血飛沫をあげて城壁から落下したのだ。首が玩具のように胴から離れて力無く落下していくワイバーンに、私は言葉が出なかった。


 直後、何処からか重々しい衝撃音が響き、風を切り裂く音と共にワイバーンが一体、二体と城壁から落ちていく。


 バランスを崩したわけではないだろう。


 ワイバーン達はどれも着地など出来なそうな形で地面に落ちていた。


「な、なんだ……何が起きた……?」


 そう呟いた瞬間、新たにまた一体、ワイバーンが首を失って落下する。


 傀儡の魔術師によって操られたワイバーンは自ら回避行動をとったり出来ない。傀儡の魔術師が指示を下し、ようやく動き出せるのだ。


 故に、咄嗟の対応など不可能だ。


「何が、何が起きている!? 何故、ワイバーンの首が……!」


 近くの副官に怒鳴るが、青ざめた顔で首を振るだけである。


 くそ、使えない! 無能めが!


 腑が煮え繰り返るような怒りに歯噛みしながら、私は口を開く。


「早くワイバーン共を飛ばせ! 空ならば……!」


 そう指示をした瞬間、また地響きにも似た音と風切り音が聞こえた。そして、ワイバーンは冗談のように城壁から落下していく。


 もう、落とされたワイバーンは総数の三割を超えた。


 瞬く間の出来事だ。こんな馬鹿な話があるか。


 そして、新たにまた一体、ワイバーンの首が切断される。


 顔を覆いたくなる惨状だが、今度こそ私は見た。


 細い人影が剣を振るったのが見えたのだ。


「敵だ! 城壁の上に剣を持った何者かがいるぞ! 素早く離脱しろ!」


 まるで女のような服装の人影だったが、そんなことはどうでも良い。敵が剣豪だろうが一流の冒険者だろうが、空に飛んでしまえば……!


 私の祈りが通じたのか、ワイバーン達は次々に飛び上がっていく。


「よし! よし、よし! 空だ! 空から城壁の上を攻撃しろ! フェルティオ侯爵よりも遥かに厄介な敵だ!」


 私がそう叫んだ瞬間、まるでそれを合図にしたかのようにあの音が響き渡った。


 風切り音が聞こえると思った時には、ワイバーンが四体、頭を下にして落下していくのが見えた。


「ば、馬鹿な!? なんなんだ! 敵は何処にいる!?」


 私の言葉に、副官が慌てた様子で答える。


「み、右です! あれはこの戦場にいなかった、新たな敵です!」


 その言葉に、副官の向く方向を反射的に見る。すると、確かにその方向になにかが見えた。巨大な壁のような何かだ。


「……目標を変更しろ! このまま逃げ帰れるか! フェルティオ侯爵の騎士団は完全に離脱の態勢に入っている! 挟撃の可能性は無い! 全軍をもってあの横槍野郎を叩き潰せ!!」


 声を裏返らせながら怒鳴り、私は馬を操って反転した。


 謎の壁はよく分からんが、敵の陣形は小さくまとまっている。間違いなく千人もいないだろう。


「踏み潰すぞ!」


 私は腹の底から声を出し、剣を振り上げた。







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