まさかの
どこかで聞いた名言をパクって言い訳を口にしたのだが、ディーノ王達はガチだと判断した。遠目に見ていた村人の一部も涙腺が決壊している。
「……最高の教育を与えた筈の我が子らと比べても、とても子供とは思えぬ。これが、神童ということか?」
「正直、現段階で大半の領主よりも遥かに優れているでしょうな。とはいえ、陛下に逆らうのは判断の分かれるところです。叙爵してこの地を領地としたヴァン男爵にとって、周りは全て敵と考えても差し支えない状況です。その状況下で陛下を敵に回した場合を考慮するならば、ここは逆らわないのが無難ではあるでしょう」
と、アペルタは恐ろしいことを口走った。
敵ばかり。
そう、今の僕は領地持ちの領主である。
形はどうであれ、これまでは父であるフェルティオ侯爵の庇護下にあった。だから、元伯爵領であるこの地に赴任させられてからも、何も嫌がらせは受けなかったのだ。
しかし、今は違う。下手したら、父である侯爵家から何かされる恐れまであるのだ。
いや、されるだろう。少なくとも、兄二人は何か嫌がらせをしてきてもおかしくない。
しかも、これは王都に呼ばれても変わらない。なにせ、八歳で叙爵されて王から優遇されるのだ。間違いなく他の貴族の反感を買う。
下手したら毒殺だ。悪い貴族ならば「バレなければ良いのだー」と実行しそうである。
なんてこった。それならやはりこの村の方が安全だ。
この村ならば怪しいのは来客のみ。まさか気付かれずに侵入する忍者のような存在はいないだろう。
……まぁ、誰が来ても大丈夫なように準備するしかないか。
と、僕は十秒ほどで気持ちを切り替えると、顔を上げて口を開く。
「恐れながら、民を見捨てるくらいならば別の道を模索します」
そう告げると、国王達も流石に説得は無理と思ってくれたのか。深く溜め息を吐きながらも、国王は首肯して僕の主張を認めた。
「……分かった。正直、男爵のその能力は惜しい。敵対して他国に亡命などされては大変だ。それに、たとえ王都に来ずとも、この地に使者を出せば協力はしてもらえるのだろう?」
何の協力なのか。
そう思ったが、僕は恭しく頭を下げておく。
「勿論です、陛下。僕に出来ることなら、協力は惜しみません」
一応釘を刺してみると、ディーノ王は息を短く吐くように笑い、肩を竦めた。
「もう驚かんぞ。私はヴァン男爵を子供とは思わないことにしたのだ」
一方的にそう告げる国王に頷き、アペルタが追従する。
「賢い選択でしょう。恐らく、ヴァン男爵はハイエルフか何かとのハーフに違いありますまい。年齢は五十はいっているかと」
「はっはっは! そうか。そうかもしれんな。私と然程変わらん年齢だったか」
と、アペルタの軽口に国王は大喜びである。だが、僕は面白くない。こんな可愛らしいヴァン君を捕まえて誰が五十歳だ。
あ、今まで静かだったパナメラまで笑ってるじゃないか。
「……じゃあ、そういうことで、そろそろ館に戻りましょうかね。皆さんお疲れでしょうし」
そう言って引き返そうとすると、ディーノ王が笑いながら寄ってきた。
「わっはっはっは! 拗ねるな、男爵。褒めておるのだ。貴殿は凄い。私の子の教育を頼みたいくらいだぞ」
「同じくらいの年齢ですが」
「馬鹿を言うな。本当は五十なのだろう?」
ディーノのオッさんが絡んできた。誰だ、このダメなオッさんに酒を呑ませたのは。これでまさか素面ではないだろう。
と、僕が半眼で睨め付けていると、ディーノはようやく落ち着いてきた。
「ふぅ、久しぶりに笑ったぞ。ありがとう」
「ドウイタシマシテ」
社交辞令百パーセントの返事をすると、ディーノが口の端を上げつつ口を開く。
「残念ながら、私はあまり長く王都を離れているわけにもいかんのだ。貴殿を連れて帰れないのであれば、出来るだけ早く調査を終わらせて帰らねばならん。なので、時間がかからないようならダンジョンを確認しておきたい」
「ダンジョンですか? しかし、ダンジョンは行って帰るだけで陽が落ちる距離です。そちらは明日にした方が良いですね」
素っ気なくそう告げると、ディーノが不服そうに口を一文字にした。
「だんだんと私に対する態度が雑になってきてないか?」
ディーノがそう口にすると、アペルタやパナメラだけでなく、近衛兵達まで吹き出すようにして小さく笑う。
その笑いは伝染するようにティルやカムシン、アルテにも伝わり、最終的には皆が微笑む。
これなら、余程のことがない限り国王とは良好な関係を築けそうである。
王と仲良くしておけば、最低でも国内の貴族から嫌がらせを受ける可能性は低いはず。
密かに安心していると、不意に街道の方向から騒がしい声が聞こえてきた。
城壁の向こう側か?
そう思って振り返ると、城壁の上の見回り役が血相を変えてこちらを見て口を開いた。
「は、灰色のドラゴンです! 大きくはありませんが空を飛んでいます……!」
その声を聞いた瞬間、僕は動いた。
「全員防衛準備! 冒険者にも声を掛けて!」
指示を出すと、村人達が一斉に走り出す。ディーやエスパーダ達も騎士団として戦闘配置に向かった。
「少年。手はいるか?」
不敵な笑みを浮かべるパナメラにそう聞かれ、苦笑混じりに頷く。
「頼みます。しかし、パナメラさんがいるとドラゴンが来ますが、ドラゴンにモテる秘訣とかあったりします?」
そう尋ねると、パナメラの眉が片方上がった。
「少年。結婚適齢期にもかかわらず婚約者のいない私に対して……」
「さぁ、皆! 急いで正門に行くよ! もしかしたら冒険者の町が破壊されてるかもしれない!」
パナメラの低い声にドラゴン以上の危機感を抱いた僕は、冷や汗を流しながら掛け声を発して走り出した。
悲鳴や怒号の響き渡る村の中を突っ切り、大急ぎで正門へと向かい、城壁の上にいる村人に下から声をかけた。
「ドラゴンは!?」
そう尋ねると、村人は斜め上空を指差す。
「今は、冒険者の町の上にいます! 皆で一斉に矢を射ったところ、警戒して上に……!」
「矢が当たったってことかな!?」
「腕と脚に二本! 他は分かりません!」
報告を聞き、唸る。致命傷を受けたなら緑森竜の時のように空は飛ばず、地を駆けて襲い掛かって来るだろう。
つまり、そのドラゴンは大した傷は負っていないに違いない。
これは危険だ。手傷を負って怒り狂ったドラゴンが襲い掛かってきたら、止めるのは困難である。
「仕方ない。試作品を出そう。ティル、カムシン、準備を手伝ってくれる?」
そう尋ねると、二人は深く頷きながら答える。
「はい!」
元気の良い返事に頷き返していると、アルテが不安そうにしていた。何か声をかけようかと考えていると、ディーノが険しい顔で口を開く。
「手を貸そう。この堅牢なる城塞都市であっても、空飛ぶ竜を相手にするのは骨だろう。我らが手を貸せば、恐らく高確率で撃退することが出来るはずだ」
助力の申し出に、僕は一も二もなく頷いた。
「お願いします。ただ、遠距離攻撃の手段がない方は、申し訳ないのですが矢の補充役をお願いします。場所は案内しますので」
そう言って、僕達はセアト村外周の正門上へと向かったのだった。
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