【別視点】国王襲来
面白い。これは面白いことになった。
久しぶりに、高揚が抑えられない。
「セルジオ。良い勉強になる。三ヶ月、私の代わりとなり、国を治めよ」
「殿下。これは良うございましたな。中々このような機会は訪れませんぞ」
私と宰相のアペルタがそう告げると、つい先日十七歳となった長子、セルジオを見た。セルジオは私に似て利発で容姿も整っている。育てば、間違いなく名君となれる器を持っている。
だが、野心が足りない。安定と平和を求め、他国と争うのを良しとしない。
平和な世ならばそれも良い。
しかし、飛び抜けた力を持っているわけではない我が国がこの戦乱の世を生き抜こうとするならば、それでは駄目なのだ。
他国が力を蓄え領地を奪い合う中で、我が国だけがその場に留まっていれば、あっという間に呑み込まれるだろう。
強くあるということは、自国を守ると同義なのだ。
「ち、父上。それは分かりましたが、何故お二人で? 有用な者か確認するだけならば、どちらかお一人で良いでしょう」
セルジオは困ったような顔でそう言ったが、本心は知れている。ただ不安なだけだ。
私は鼻で笑い、マントを脱ぐ。
「内偵や国境の偵察だけでなく、敵国内にも密偵を送り込み、どの国よりも諜報活動に力を入れている。問題ない」
「いや、しかし……秘密裏に侵攻計画が進んでいる可能性も……」
「こちらに全く悟られずに侵攻されたとしたら、どの道間に合わん。辺境を守る領主達の腕にかかっているだろうな。だからこそ、有能な貴族や領主、精強な騎士団と強力な魔術師の存在が不可欠だ。故に、我らは小規模な村程度でドラゴンを討伐したという、くだんの領主を見に行かねばならん」
そう告げると、セルジオは不服そうにしながらも口を噤んだ。それを横目に見ながら笑い、再度口を開く。
「本来ならば一領主ごとき、即座に王都まで呼びつけるのだが、なにせ百人しかいないという小さな村の領主だ。呼びつければ村は潰れる可能性の方が高かろう。会いたくば見に行くしかあるまい」
「しかし、アペルタ殿まで……」
セルジオがそう言うと、アペルタは無表情に首を左右に振った。
「このような珍事、陛下だけに楽しませるわけには参りません。私を王都に残すようなら、陛下も外出禁止とさせていただきます」
「ちょっと待て、私は関係無いだろう!」
アペルタの発言に反論する。しかし、アペルタは返事もせずに肩を竦める。駄目だ。この男はこうなるとテコでも動かない。
「……分かったな、セルジオ。仕方がない。我々は三ヶ月留守とする。国王代行として精一杯努めよ。そうだ。ピスタを連れて行くとしよう。確か同年代だっただろう?」
「はい。ピスタ様は今年九歳です」
「そうか。もう九歳になるか。よし、ちょうどよい勉強になるだろう」
そうして、我々は久方ぶりに王都を離れることにした。
まぁ、セルジオは拗ねたままだったが、私が同じ年頃の時は代行ではなく、本当に国王として必死に執務をこなしていたのだ。三ヶ月くらい大目に見ろ。
久しぶりの旅路に少年のように気分が盛り上がり、途中では鎧を着て馬車の周りを警戒して回ったりもした。
警備を引き受けてくれたパナメラ子爵達には驚かれたが、私の近衛騎士団の連中は大した反応もしなかった。
面白くない奴らだ。
国王が王都を離れていると知られるわけにもいかないため常に変装をしているが、王都からの使者であることを隠すことは出来ないので、立ち寄る町々では普段の姿を見ることが出来ないでいた。
王家の紋章を見れば皆が一様に跪き、顔を地に向ける。ごく稀に立ったままこちらを見てくる者もいたが、すぐに周りの者に無理矢理座らされてしまう。
仕方のないことだが、面白くない。
これは王都でも同様だが、貴族は権威を示すために様々な厳しい態度を見せ、住民を法で縛る。これを緩めれば、なにかの切っ掛けで反乱を起こす住民も現れるのだ。
特に、我が国のように領土をどんどん広げている国はそれが顕著だろう。
その弊害として、住民は領主や王族の紋章を見れば自然と跪くようになった。
「……恐怖政治をしているつもりはないが、これでは他国の者にはそう見られてしまうな」
馬車の中から外を見て、小さく呟く。私の言葉にアペルタも頷いてから唸る。
「国を安定させるためには仕方のないことです。貴族と平民をしっかりと区別し、明確な格差をつくる。この格差は法で厳格に管理し、そこから外れた者は処罰しなくてはなりません。そうすれば、国は長く、強く、安定して栄えることが出来ます」
アペルタがそう言って、不意に視線を隣に向けた。そこには窓の外の景色に目を奪われるピスタの姿がある。
生真面目で大人しいセルジオに比べて、五男のピスタは活発である。勉強が嫌いでジッとしていられない性格であり、剣と馬には興味を示すが、政治には興味を持たない。
魔術適性は四元素魔術の風ということもあり、将来的には騎士団を任せるかと思っている。
だが、アペルタは違う見解を持っていた。どうやら、ピスタを大きな街の領主にしようと目論んでいるようだ。
その試みは面白いが、どう考えても向いていない。まぁ、これから向かう村の領主も八歳ということだし、そういった意味では良い刺激になるかもしれないが。
「陛下」
「ん?」
思案中に声を掛けられて、私は生返事をした。アペルタは窓の外を指差して、口を開く。
「もう少しすれば例の辺境の村が見えてくるでしょう。長い道中でしたが、ようやく到着です」
「そうか。途中の村を見たが、三百人規模でも……いや、千人規模でもドラゴンの討伐など到底出来そうになかったが……む? あれはなんだ?」
不意に、街道の先に見えるものに気がつき、私は首を傾げた。
「あれは……壁、まさか、城壁ですか……」
アペルタも自信が持てないのか、はっきりとは言い切れなかった。
だが、素直な子供は見たことそのままを口にする。
「……凄い城壁ですね」
城壁。
そう、間違いなく城壁だ。小さな村などでは断じてない。
「……パナメラ子爵を呼びますか?」
「いや、待て。あれが嘘を吐く理由は無い、筈だ。まさか、我らが実際に見にくるなどと予測は出来ん故、我らを害そうという話でもないだろう」
「しかし、あれは大きく話と食い違っております。子爵が王都に来る前に作り始めたとしても、二、三ヶ月で完成するわけがありません」
「……そうだな。よし、子爵を呼べ」
そう言って、アペルタが兵に指示を出すと、パナメラはすぐに現れた。
困ったような顔で跪くパナメラに、私は馬車の中から声をかける。
「子爵。あれが、例の名も無き村か? 随分と話が違うようだが」
そう問うと、パナメラは真剣な目でこちらを見上げた。
「私も、大変驚いております。まさか、もう一つ村を作るとは……いや、あの規模は町とするべきでしょうか」
「……もう一つ? あれを一から作ったと申すか」
意味が分からず聞き直す。すると、パナメラは当たり前のように頷いた。
「そうです。本当の村はあの奥でしょう。私も城壁造りを手伝いましたから、間違いありません」
「……話が掴めぬ。フェルティオ侯爵の力によるものということか? だが、確か子爵はヴァン・ネイ・フェルティオ個人の力で村は発展していると申したはずだが」
改めてそう確認すると、パナメラははっきりと答えた。
「はい。それは間違いありません。しかし、あの町は私も初見ですので、語ることは出来ません。恐縮ですが、一緒に町へ向かっていただけたらと思います」
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