【別視点】連れてこられた奴隷達2
まだ小さな子供も多くいた。こんな子供が辺境の村まで歩けるだろうか。
そう心配したが、子供達は馬車に乗ることが出来た。更に、長い道中を心配していたが、明らかに実力者という見た目の冒険者が何人も雇われていた。
自分の心配は次々に解消されていくが、私達は皆暗い表情のまま歩き続けた。
なにせ、一番の不安は絶対に解消されないのだ。
私達奴隷が総勢百五十人も買われたという話はすぐに私の耳に入った。それだけの人数だ。やはり、希少な金山、もしくはミスリル鉱山があるのかもしれない。
大きな鉱山は国が秘匿しているらしく、一般の人はあまり知らない。だから、辺境にあってもおかしくはないと思った。
だから、いたる所から聞こえてくる嘆きの声に反論も出来ない。
吟遊詩人だった者、鍛冶師だった者、商人だった者。
更には貴族の娘、敵国の領主の娘なども、皆一緒の場所に送られるのだ。本来なら寵愛されたり愛人の座を得ることも出来る者達が揃って辺境送り。嘆くのも分かる。
唯一、戦える力を持つ者は違った。辺境であればどんな場所でも戦力は必要だ。そのため、自分の力を発揮出来ることを想像して然程悲観した様子は無い。
あの青年、ランゴという商人は寛大で奴隷達への待遇も良かった。
その雰囲気に甘えてなのか、道中では奴隷同士が喧嘩することも多々あった。
結果、青年には悪いが皆が悲観的な気分のまま、目的地である辺境の村に到着したのだった。
だが、皆は色々な意味で困惑した。
「あれが、そうなの?」
馬車から顔を出していた子供達の一人がそう言い、近くにいた男が何とも言えない顔で口を開く。
「いや、あれは違う、と思うけど……」
困惑した口調でそう言いながら、男も首を傾げていた。
なにせ、目の前には王都ほどではないかもしれないが、明らかに城塞都市といった雰囲気の城壁が聳え立っていたからだ。
美しいが、城壁の向こう側に建物が見える、不思議な形の町だった。
ここで休んでから、更に辺境に向かうということなのか。
そう思っていたが、ランゴは誰かと楽しそうに会話をして、見るからに良い服を着た子供と何かしらのやりとりをしている。
そして、何か贈り物らしきものを渡すと、子供は飛び上がって喜び、大きな弓矢を森に向けて射ち放った。
子供らしく喜ぶ様は微笑ましいが、やってることは恐ろしい。貴族の子供ならば、狩りの道具を売りつけたのかもしれない。
そんなことを思っていると、子供はこちらに歩いてきて口を開いた。
「ようこそ、皆さん。ここが辺境の地、セアト村とエスパ町です。僕は領主のヴァン・ネイ・フェルティオ。今度面接をして、問題なさそうな人はうちの村で雇いますので、よろしくおねがいします。さぁ、一先ず今日のところは長旅で疲れたでしょうし、村でバーベキュー大会をして宿で一泊して疲れを癒しましょう。それでは、もう少しで着きますので、こちらへどうぞー」
明るい声と柔らかな雰囲気で、子供はそんなことを言った。
「領主?」
「ヴァン・ネイ・フェルティオって、噂の……?」
「竜討伐者っていう新男爵か? 馬鹿言えよ」
ひそひそとそんな会話が聞こえてくる。
私も信じられずに眉根を寄せて子供の背中を見ていたが、城壁の街の中を素通りして、また街道に出たと思った瞬間、その向こうの景色に目を奪われた。
今見た城塞都市のような町が、まるで玩具に見えるような巨大な建造物が目の前に現れたからだ。
実際には、距離はまだ一キロか二キロはあるだろう。
だが、遠目からでもその存在感ははっきりと伝わってきた。
巨大で力強くも美しい、異形の要塞だ。左右に迫り出した城壁の奥には王都の正門と同等の立派な門がある。
城壁の奥には左右に一本ずつと、正面に大きな塔が見えた。
私達が唖然としながら門に近付いていくと、城壁の周りには堀があり、橋が架かっていることに気がつく。
子供とランゴは村の人達と一緒に先を歩いていき、開かれた門をくぐっていった。私達もそれに続き、また驚き声を上げる。
「……どうなってるんだ?」
誰かが困惑の声を発した。
なにせ、立派な門をくぐったら、その向こう側はポツポツと建物がある広い土地だった。そして、奥には今度は規模が小さくなった城壁がある。
それでも、最初に通過した町より大きそうに見えた。
村に着き、子供が何か伝えると、村人達が一斉に動き出す。それを見ると、確かに子供が領主なのだろうと知れた。
「皆、到着だ。お疲れ」
ランゴにそう告げられ、私は気が抜けたようにその場に座り込む。似た者も多そうだった。
すると、どこからともなく老人や子供が椅子を持ってくる。
「さ、使いなさい。ちょっと休んでたら、すぐ夕食だからね」
「あ、いや、私達は奴隷でして……」
慌てて立ち上がり、態度を改めたが、私のそばにきた老人は首を左右に振る。
「気にしなさんな。ワシらも最近この村に来たばかりさね。ワシらの時も同じように座り込んでたら、元々の村の人達から椅子を持ってきてもらったもんだ」
そう言って椅子を置かれて、私は頭を下げながら座らせてもらう。
すると、老人は嬉しそうに笑い、二、三話をしてまた戻っていった。
周りを見れば、どこも似たようなものだったようだ。戸惑う奴隷達と、嬉しそうに会話したり、なにかを準備する村人達。
もし、働く先が鉱山だったとしても、戻る村がここだとしたら、私はやっていける気がした。
ここは、優しい村だ。
日が暮れ始めた頃、夕食の準備が出来たと言われた。
奴隷なのに座っていて良いのかと皆困惑していたが、歓迎会というのは主役は座っているものらしい。ありがたいが、困ってしまった。
だが、夕食の準備が整い始めた頃から、皆そんな気持ちは何処かに吹き飛んでしまっていた。
肉の焼ける良い香りが充満していたからだ。子供達など、大人の奴隷に押さえられなかったら飛び出していたことだろう。
パチパチと音がする中、私達は声を掛けられる。
「ほら、こっちにおいで」
そう言われて、皆が肉の前に並ばされた。分厚い肉から肉汁が溢れて、火が踊る。
ここまでされて、奴隷だから肉は食べるなと言われたら、子供だけじゃなく大人も涙を流すかもしれない。
そう思っていると、あの子供領主が台の上に立ち、口を開いた。それまでざわざわと賑やかだった村人達も、一斉に静まり返る。
「えー、皆さま。今日もお疲れ様でした。また、遥か遠方の王都からここまでの旅路を終えたばかりのランゴさん御一行も本当にお疲れ様です。今日は苦労や疲労、奴隷の皆さんにいたっては不安も吹き飛ばすべく、美味しいお肉と果物、そしてお酒も解禁して、大いに楽しんでください。村人の皆さんは奴隷の方がトイレに行きたい時は案内もお願いします。それでは、バーベキュー大会を開催いたします!」
宣言がなされると同時に、村人達から大歓声が沸き起こった。そして、私達に焼けた肉の刺さった串が差し出される。
「ほれ、食べな。旨いぞ」
私に椅子を持ってきた老人が嬉しそうにそう言った。
「あ、ありがとうございます」
私は何とかそれだけ言って、肉を口に含む。
表面の皮の部分がカリカリに焼けており、塩とピリリとした香辛料の味がした。噛み締めると、柔らかい肉の繊維を噛み切る感触と、旨味の強い肉の味が口の中いっぱいに広がる。
焼けたばかりで熱い肉なのだが、止まらない。止められない。
これまで食べた肉など目ではない、異様に旨い肉だ。
「……美味しい!」
近くから子供の嬉しそうな声が響き渡った。
それを、村人達が優しい眼差しで眺めて、微笑む。
「……っ」
視界が滲んだ。肉に齧り付きながら、空いた手で涙を拭う。
「ぐ……うぅっ!」
「……く、くぅ……っ!」
肉の焼ける音や笑い声に混じって、涙を堪える声が聞こえてきた。
私は、もう涙を堪えずに泣きながら肉を食べた。長い間耐えてきた奴隷としての日々を思い出して、涙が止まらなかった。
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