バリスタに吃驚
下水処理を終えた後は、建設中の城壁に向かう。
流石はエスパーダというべきか。街道の方を見てみれば前方には巨大な壁が前回よりも範囲を広げていた。
「おぉ、早いね。もう三十メートルは出来たんじゃない?」
そう声を掛けると、エスパーダが地図を片手に頷く。
「正面の真っ直ぐな壁は良いのですが、その後が少々難易度が高くなります。角度を付けて正六角形を描かねばなりませんので」
「角は後で作る作戦だね。じゃあ、先ずは地面に線を引こうか。エスパーダは正面の壁を作っててね」
「承知いたしました」
アバウトな指示に即了承するエスパーダ。格好良い。執事の鑑。
これで線引き担当の僕がポンコツだったら目も当てられないが、まぁ何とかなるだろう。
「三角測量とか習ったけど、あんまり覚えてないからなぁ……まぁ、村を中心にするから対角線になるように角を決めてみようか」
そんなことを考えつつ角度を見ていると、後ろから兵士を連れたパナメラが声を掛けてきた。
「角度を見ているのか? どう線を引くつもりだ」
「六角形ですけど、どうかしました?」
そう聞くと、パナメラは顎に手を当てて周りを眺め頷く。
「城壁の位置だろう? ならば、我々が手伝ってやろう。ロープで長さを測り、幾つか線を結べばかなり正確な図を描ける。まずは、一辺の長さを測ろうか」
と、パナメラはずんずんと兵士を連れてエスパーダの方へ向かっていった。
すると、残るのはアルテである。
まさかの護衛の兵士一人いない状況に、僕の方が驚く。
「……一人で残って大丈夫かい?」
声を掛けると、僅かに頬を染め、小刻みに頷くアルテ。まぁ、信用されているとみるか。
「じゃあ、僕達は測量の様子を見つつ、城壁強化かな」
そう言って今日は城壁造りに勤しむことにしたのだった。
出来たばかりの城壁の上部に登り、バリスタを設置する。
「ヴァン様、これはいったい何でしょう?」
「バリスタだよ。大きな弓矢みたいなものかな。これで村を守るんだ」
そう説明すると、アルテは下にあるものに目を向けた。
「すごく大きくて長いです。それに、とっても……」
「初めて見ると怖いよね。でも、大きい方が威力が上がるんだよ」
「ヴァン様……何故か、いかがわしい感じに……い、いえ、その、なんでもありません……」
アルテが誤解を生みそうな言い方をするのでちょっと悪ノリしてしまった。子供同士の会話をエロい方向に受け取ってしまったティルの方が、顔を真っ赤にして照れている。
まぁ、ティルも気づけば十八歳。エロい妄想をしてしまったとしても仕方があるまい。
ふふふ。
「カムシン。ちょっとやってみせてあげて」
そう指示すると、カムシンは「はい!」と良い返事をしてバリスタを操作し、遠くに見える木を狙った。
城壁の上部は広く作ったしバリスタも前回より大型にし、上下二段とした。これで一つのバリスタで二連続発射できる。
本当なら連弩みたいなのを作りたかったが、初めて作ると失敗しそうだし止めておいた。
ヴァン君も男の子である。可愛らしい女の子二人に見られている前で失敗する姿は見せたくない。
むしろ、キャースゴーイって言われたい。
真面目な顔してそんなことを思っていると、カムシンがバリスタを発射させた。
バリスタ本体が振動するような凄い音がして、矢は勢いよく飛び出す。大きくしたお陰かな。大人の腕ほどの矢が大きな木の真ん中をブチ抜き、後方の木まで二、三本へし折った。
うむ。威力が格段に上がっている。矢の鋭さそのままに威力が上がっているため、大型の魔獣もなんのそのだ。
「うん。中々良い出来だね。これを並べたらまずまずの防衛力になるかな?」
そう言って振り返ると、アルテが目を瞬かせていた。
「ゆ、弓とはこれほどの威力になるのですか……?」
「バリスタだからね。普通の弓矢よりずっと強いんだ」
驚くアルテにそんな説明をすると、ティルとカムシンは何とも言えない顔で振り向く。
「ヴァン様のバリスタだけだと思いますが……」
「ありえない威力ですよ、これ……」
異論が相次ぐが、当局は受け付けていないので黙殺とする。
と、バリスタの状態を確認していると、城壁を登ってきたパナメラ達が肩で息をしながらこちらに向かってきた。
「な、なんだ今の攻撃は!? 大型魔獣の襲撃か!?」
木が倒れた音を聞いて急いできたのか、パナメラ達は城壁の上から木が倒れた方向を睨み、警戒する。
「いや、新しく設置したバリスタの試射ですよ。事前に言っておけば良かったですね」
苦笑しながらそう答えると、パナメラがバリスタに気がつく。
「これか……随分と大型だな。だが、此処からあの森まで届くのか? やはり魔獣が……」
あまり信じていない様子のパナメラである。
「カムシン。二発目やってみようか」
「はい! 見てて下さい、パナメラ様!」
カムシンは意気揚々とバリスタを構え、パナメラに声を掛ける。やはり、カムシンはパナメラに憧れのような感情を持っているな。ふむ、面白い。
カムシンの新たな一面を発見して面白がっていると、いつも以上にキビキビした動きでバリスタを構え直し、第二射が発射された。
大きな発射音と共に空気を伝って振動が腹に響く。
同時に、発射された矢が遠くの木を突き抜け、再度後方の二、三本目までへし折った音が鳴り響いた。
うむ。良い威力だ。
周りを見れば、また唖然とした顔が見て取れた。というか、発射した本人であるカムシンが再度驚いている。何故だ。
「……ちょ、ちょっと待て。この威力のバリスタが、あの壁の上にも載ってるのか?」
確認してくるパナメラに、軽く頷く。
「防壁の上には合計百台くらいですね。城壁の上は今後を考えてもっと多く用意しますよ」
「ひゃ、百……!? これ全て、少年が作ったのか!? これ一台作るのにどれだけ時間と金が掛かる? そもそも、素材は何だ? あの家屋と同じ素材か?」
パナメラは興奮した様子で矢継ぎ早に質問しつつ、こちらに迫ってきた。
「すみません。軍事機密なもので……」
そう言って不敵に笑ってみせると、パナメラは愕然とした顔で一歩引いた。
「く……! ど、道理だ! しかし、この技術は……! 分かった! 詳しい話は聞かない! このバリスタを言い値で買おう! いくらなら売るのだ!」
「すみません。販売はしていなくて……完全に味方だと確証が得られればお譲りしますが……」
そう言って天使の微笑み(自称)を浮かべると、パナメラは頭を抱えて悩み出す。
「む、むむむ……か、確証だと? しかし、そのようなものは中々……だが、このバリスタはあまりにも……」
悩みに悩んだ末、パナメラは顔を上げ、力強い目で僕を見返した。
「……よし、分かった。ならば、この私、パナメラ・カレラ・カイエン子爵は、ヴァン・ネイ・フェルティオ殿と公的に五分の同盟を結ぶと約束しよう。本日書状をもって王都に報せを送る。まぁ、本来ならこの同国内の同盟は力の無い貴族が庇護を受けるために行われていることだが、五分であると強調して発信しよう。これで、私は王国内の王侯貴族からヴァン殿の盟友として知られる。これを裏切った場合、貴族としての私は終わりであろう」
そう言い、胸に片手を当てて会釈するパナメラ。宣言と誓いである。スクーデリア王国は国土を広げていく際、数多の新興貴族が誕生した。新興貴族の中には元々が敵だった者もおり、そういった貴族が金品や服従をもって力のある貴族と同盟を結んだことがある。
パナメラはそれをしようと言ってきたのだ。
これを承認した場合、立場上どうあっても力の無い僕がパナメラの保護下におかれたと思われるだろう。それも領地を持たぬ新興貴族のパナメラが保護を約束するという状況は、多くの貴族が首を傾げるに違いない。
とはいえ、これは貴族との繋がりの少ない僕にはまたとない好機だ。
だから、僕は大きく頷いて胸に片手をおく。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
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