撃退戦
「バリスタ、発射!」
「魔術師は詠唱を開始しろ! 一撃放った者は随時、砦へ下がれ!」
ディーとパナメラの指示が同時に発された。バリスタの発射音と衝撃が連続で響く。パナメラ達も揃って甲板で詠唱しているはずだ。
「水棲の魔獣だからと心配してたけど、あんな風に真っ直ぐ向かってくるなら何とかなりそうだね」
素直に思ったことを口にする。だが、ヒュドラはその言葉が聞こえたかのように姿勢を変えた。前のめりに倒れ込むような動作で五つの頭を水面に付け、そのまま海中に潜ってしまったのだ。
「えー!? フラグのつもりなんて全然無かったんだけど!?」
思わずヒュドラの行動に突っ込んでしまった。なんだ、あのヒュドラは。強い魔獣は思考も読めるなんて言うつもりじゃないだろうな。
ヒュドラの野生の勘に驚愕していると、甲板からディーの声がした。
「船が攻撃される恐れがある! 皆の者、脱出せよ!」
「は、はっ!」
ディーの判断により、船に乗り込んでいた騎士団員は全員下船となった。同時に、パナメラ達も詠唱を中断して降りてくる。
「予想通り、水中に潜られたぞ」
パナメラは悔しそうにそう言いながら帰ってきた。ディーは皆の下船を確認してから砦を指差す。
「ヴァン様、後方へ!」
「うん、ありがとう」
言われるままに皆で砦へと避難する。アルテの人形はディーとカムシンが運んでくれた。
砦までは目と鼻の先だ。余裕である。
そう思ったまさにその時、背後で聞いたことのない破壊音がして、地面を伝った衝撃が足を揺らした。
「……嘘でしょ?」
思わず足を止めて振り返る。
そこには、大半をウッドブロックで作られた頑丈な大型船の甲板を噛み砕く竜の顔があった。それも五つである。
大人の人間一人分ほどの大きさの牙が無数に生えた口が目の前にあり、船をばりばりと噛み砕いているのだ。
黄色く濁ったその双眸は、船を破壊しながら周りを睥睨し、そして僕達を見つけた。十の目が同時に僕達を捉え、ヒュドラの五つの顔が口を大きく開けて咆哮する。
その距離は僅か五十メートル足らず。身が竦むような迫力だ。
「ヴァン様! 早く!」
そう言ってカムシンが僕の前に立つまで、まったく動けなかったくらいである。カムシンの向こう側でヒュドラが喉を鳴らす姿を見て、一気に冷や汗が出る。
「か、カムシンも逃げるよ!?」
「はい!」
手を引いて声をかけると、カムシンは返事をして付いてきた。
あの恐ろしいヒュドラを睨みながら下がってくるカムシンに、いつもより頼もしさを感じる。
「ヴァン様! 危ない!」
その時、アルテの声が響いた。
顔を上げると、そこには口を開けて自分達に向かって迫るヒュドラの顔があった。カムシンが剣を振ったところで、これはどうしようもない。走って逃げるのはもっと無理だ。
一瞬で打つ手が無いと理解した。だが、予想外の事態が起きる。
背が高く痩せた人影が走り込み、ヒュドラの口目掛けて飛び込んだのだ。突然何かが口の中に入り、ヒュドラも顔を上げて仰反る。一瞬のことだったが、あれはアルテの人形の一体だろう。
その隙をついて、ティルが僕の手を引いて走った。右手にカムシン、左手にティルである。
「に、逃げろー!」
砦前で人形を操るアルテが目に入り、そこまで三人で全力疾走した。今なら金メダルを取れる気がする。
必死に走っていると、砦の上から声が響いた。
「胴体を狙え!」
「発射!」
アーブとロウだ。
その掛け声と共に、バリスタが連続で発射される。矢は壊れゆく船の奥にいるヒュドラの体に狙いを付けて飛んだ。
一瞬の間を空けての雄叫び。鼓膜を突き破りそうな咆哮に「いやぁあああっ!」と少女のような悲鳴をあげてしまった。
この近さだ。間違いなく命中だろう。だが、それでもあの巨体である。運良く心臓にでも当たらないと致命傷にはなり得ない。
「せいっ!」
その時、砦の屋上から何かが飛んだ。見上げると、
空を大剣を持ったディーが飛んでいた。
「どりゃ……!」
そして、激しく大剣を横薙ぎに振り抜き、ヒュドラの顔を斬りつける。大剣は顎を切り裂き、ヒュドラの顔は大きく後退した。
更に、ここで屋上からパナメラの声が響き渡る。
「喰らえ! 炎の槍!」
「……風の刃!」
「暴風!」
「水流弾!」
至近距離で放たれた炎の槍は、一撃でヒュドラの首一本を火で包み込み、更に他の魔術師達が追撃を行った。
四人の魔術を次々に受けて、ようやく僕達を狙っていたヒュドラの首一つが海へと戻っていく。
「だぁあああっ!」
滑り込むように、僕達は砦の中へと飛び込んだ。
今の数十メートルを走る間に、どれだけのことが起きたのか。こんなの、命が幾つあっても足りない。
「な、舐めてた! 大型魔獣を舐めてました!」
なんとか生還した僕は、ティルとカムシン、アルテに向かってそう力説したのだった。




