化け物鯨を追い払う
地下室を作ったことは大正解だった。恐らく、最も危険が少ない選択だったはずだ。
しかし、それでも問題があった。
「……少年。どこを触っている?」
「あ、それ僕じゃないです」
「ヴァン様、あのお尻に……」
「それも僕じゃないです」
「わー、すみません! 私の足が当たってるかもですぅ!」
咄嗟に作った地下室は狭かった。
地球という美しい星にある日本という素晴らしい国に生まれた男は知っているだろう。痴漢冤罪という言葉がある。真っ暗な狭い個室に女性三人と閉じ込められた時、僕は真っ先にその言葉が頭に浮かんだ。
天才少年であるヴァン君が痴漢冤罪で捕まるなどとんでもない話である。
「僕は絶対に犯人ではありません。体育座りしているので」
そう告げると、三人が首を傾げる気配がした。
「タイーク……?」
「え? どんな座り方ですか?」
パナメラとティルがそう口にすると、後ろと横から四本の腕が伸びてきた。そして、僕の腰や足を手探りで触り出す。自分の膝を抱くようにして座っていた為、手が妙なところに触れたりもして恥ずかしい。
「ち、痴漢です……! ここに痴漢がいます!」
思わず、僕は悲鳴交じりにそう叫んだ。
地球という美しい星にある日本という素晴らしい国に生まれた男は知っているだろう。逆痴漢という言葉がある。その被害者の大半は被害を受けたことを言い出すことが出来ず、泣き寝入りしてしまっているという。なんて恐ろしい話だろうか。
何故か荒い呼吸音が聞こえてきた気がしたが、それどころではない。
「ちょ、ちょっと! 冗談じゃなくて酸素がなくなりますから! 皆動かないで!」
必死に訴えると、ぴたりと動きが止まった。
「酸素とはどういうことだ」
「……なんか、ちょっとぼんやりしてきました」
「それが危険信号だからね!?」
アルテの発言を聞いて血の気が引く。地上では少し音が減ったが、それでも地面を這いずる化け物鯨の気配はあった。
「……よし、それなら」
地上が無理なら地中である。時間がないので急いで無理やり部屋を広げていく。一方向に向かって通路を伸ばしていく感じだ。手探りであり、土に手を触れずにウッドブロックのみで地面を掘っているような状態の為、ものすごく苦労する。だが、今はどれだけ大変でも地下を使って避難するしかない。
「……? ヴァン様?」
「少年、どこに行った」
暗闇の中で僕を探す気配がする。
「避難用通路を作成中です。ちょっと、換気口を作ってみますね」
もう五メートルは離れただろうか。歩きながら通路を拡張しているので、どれくらい歩いたか覚えていない。
天井に伸ばしたウッドブロックに手を当て、通路から斜めに外に向かって換気口を作ってみた。すると、外からの光が微かに漏れ出してくる。
「良かった。瓦礫の外側につながったみたいだ」
ホッとしながらそう呟き、換気口から入る新鮮な空気を吸ってみる。ものすごく透き通った空気に感じた。
「皆、こっちへ」
声を掛けると、微かな明かりに吸い寄せられるように皆がこちらへ歩いてきた。
「おお、外か?」
「あの魔獣は海の方へ移動しているのでしょうか?」
パナメラが換気口から外を見ようと顔を近づけ、アルテは少し不安そうに化け物鯨の行方を聞いてくる。
「換気口を作ったので、これで酸欠の心配はないですね。あの化け物鯨は多分水棲生物だから、海に戻るとは思うよ」
通路の拡張作業を再開しながら答えたせいで、二人には分からない単語が混じってしまった。案の定、二人が首を傾げる気配がする。
「サンケツ?」
「クジラ?」
二人が疑問を呈する中、ティルが自慢げに答えた。
「ふっふっふ! ヴァン様はなんでもご存じなんです! なにしろ、あのエスパーダ様も認める天才ですから!」
ティルがそう言うと、アルテは素直に手を叩いて拍手し、パナメラは苦笑しながら頷いた。
「すごいです」
「なるほど」
「ふふん」
二人の反応に気を良くしたティルが笑っている。そんなやり取りを聞き、緊張感が無いなぁなどと思いながら更に数メートル通路を広げてみた。
その端にまで行くと、明らかに化け物鯨が遠くなったことに気が付く。
「……そろそろ大丈夫かな?」
そう呟き、天井に出入口を作って外へ出られるようにする。何かあったら即座に閉められるように、天井はスライドして開くように作っている。
「おお、外か?」
「出れますか?」
天井の出入り口を少しスライドさせて隙間を作ると、パナメラとアルテが走ってきた。
「ちょっと待ってて」
それだけ言い、そっと空いた隙間から顔を出して化け物鯨の姿を探す。
「……あ、海に向かってるね」
海岸に向かう化け物鯨の背中を発見し、そう口にする。すると、パナメラがどかどかと出てきて僕の横から顔を出した。
「今度こそ燃やせるか?」
「……素直に考えると、あいつは火に強そうですけどね」
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