モンデオという男
会談は和やかに進行し、それなりに情報を得ることも出来た。
ソルスティス帝国は現在、西のグラント大陸、つまりこのスクーデリア王国がある地に関心があるらしい。イェリネッタ王国の動きを見る限り、あまり我が国にとって良い内容ではなさそうだが。
そして、フィエスタ王国は現在三つの国と交流することが出来ていて、ソルスティス帝国とスクーデリア王国。そして、予想外にも大陸の北の端にあるヘセル連合国と交流したとのこと。なお、南方に向かった艦隊は小さな無人島ばかりで、どの国とも関わることが出来なかったという。
結果として、フィエスタ王国は各国から地図の一部を閲覧することに成功し、かなり正確な地図を独自に作成したそうだ。めっちゃ欲しい。普通に国家機密に該当する情報なので寄越せとは言えないが、めっちゃ欲しい。
それだけでもフィエスタ王国と同盟関係を結ぶ理由になるが、何よりもやはり船である。あの船の秘密を手に入れる必要があるが、どうにもこのモンデオ・オーカスという男は信用できない。
その理由として、今モンデオが入れている探りがある。本心を話していないという気配もあるが、何よりも質問内容が気になる。
「……それでは、現状三国のトップであるスクーデリア王国と同盟を結んだ場合、我が国はスクーデリア王国だけでなくイェリネッタ王国の海岸にも港を作ることが出来そうですね。その場合、場所によっては我が国の者が領主になることも出来るのでしょうか?」
こういった形で、モンデオは他国での地位や立場を欲しているような場面がちらほらあったのだ。フィエスタ王国のことを考えてのことであれば良いが、どうにも個人的な利を求めている印象である。
二時間程度の会談だっただろうか。他にも色々と話して多くの情報を得ることが出来た。ただ、結局最後までモンデオへの警戒心は解くことが出来なかった。
「それでは、ロッソ様。ヴァン様。また明日、お会いしましょう」
「うむ」
「ありがとうございました! 明日も楽しみにしています!」
そんな挨拶を交わして、モンデオはロッソの部下の騎士に連れられて館から出ていった。窓から町中を馬車で移動するモンデオの様子を見ながら、ロッソが小さく口を開いた。
「……あの使者殿をどう思う?」
その質問の意図を察して、首を左右に振る。
「僕はトランさんの方が好きです」
はっきりと答えると、ロッソは肩を揺すって笑い出した。
「はっはっは! ヴァン卿は分かりやすくて良いな。恐らく、陛下やパナメラ卿も会談に参加していれば同じ意見だろう」
それだけ言い、ロッソは窓から離れて再び椅子に座り直した。なんとなく、その対面へ移動して椅子に座ってみる。こちらが席につくのを確認してから、ロッソはテーブルの上に置かれた地図に手を置いた。
「……ヴァン卿がモンデオ殿をよく思えなかった理由は幾つかある。まずは、モンデオ殿の野心が見え隠れしたことが原因の一つだろう。それもフィエスタ王国を強大にする為にというより、自分だけが利を得ようとしているように見えるな」
「そういうことですね」
ロッソの推測に大きく頷いて返事をする。すると、ロッソは少し目を開いて驚いたような顔になった。そして、目を細めて浅く頷く。
「……ヴァン卿は本当に賢いな。子供と思わない方が良さそうだ」
「えー!? ロッソ様までそんなこと言わないでくださいよ! 陛下なんて僕のことを本当は五十歳だろう、なんて言ってたんですよ!?」
ロッソの発言に声を大にして文句を言った。それにロッソは噴き出すように笑い出す。
「わっはっはっは! 陛下と同じことを言ってしまったか! これは良い土産話が出来たな」
「その土産話は後で陛下から揶揄われる原因になります!」
どうやらツボにはまってしまったのか。ロッソは愉快そうに冗談を口にしては笑い続けた。楽しんでいただくのはまだ良いが、内容に異議ありである。ロッソの背後に陛下の笑みが見える気がしてきたぞ。
そんなことを思っていると、ロッソは大きく息を吐いて口を開いた。
「……さて、真面目な話だが、明日はモンデオ殿の船を見学することになっている。トラン殿であれば船を皆で研究してみたいと思っていたが、モンデオ殿の船に関しては止めておいた方が良いか?」
と、ロッソもモンデオを警戒したような発言をする。嘘を教えられるということもないと思うが、造船技術の一部を教える代わりに何かしらの要求をされる、ということはありそうだ。
正直、帝国も持ち得ない遠洋の航海可能な大型船の技術はフィエスタ王国にとって大きなアドバンテージだ。帝国もそうだが、我がスクーデリア王国としても対価を払ってでも得るべき技術である。つまり、ここでモンデオから多少の要求があったとして、安易に断ることは出来ないということでもある。
逆にスクーデリア王国との取引の方が利益が出ると思わせることが出来れば、モンデオは簡単にこちらにすり寄ってくる可能性もある。しかし、王国法において、王国の領土は全て陛下のものである。ざっくり言ってしまえば、我々はその土地を管理する立場でしかないのだ。ということは、たとえロッソほどの大貴族であっても簡単に土地や街を差し出すということは出来ないということでもある。
ロッソが難しい顔をしているのを眺めつつ、顔を上げて口を開いた。
「……確か、船の見学はモンデオさんから提案してくれたんですよね?」
そう尋ねると、ロッソは軽く頷く。
「うむ、その通りだ。恐らく、船を見学して我々が造船技術を欲していると発言するように仕向けておると思うが……」
眉根を寄せるロッソのその言葉に、目を細めて胸を張る。
「任せてください。僕に考えがあります」




