フィエスタ王国の使者
翌日、領主の館でロッソと共にフィエスタ王国からの使者を待つことになった。少し緊張しているせいか、妙に喉が渇く。
「ティル、お代わり貰える?」
「はーい!」
二度目の紅茶のお代わりである。ティルは嬉しそうに返事をして部屋の隅でカップに紅茶を注いでくれた。目の前でカップを入れ替えてもらい、すぐに紅茶を口に運ぶ。豊かな香りが心を落ち着けてくれる気がした。
何故、こんなに緊張しているのか。会談用の豪華な広間にいるからというわけではない。それは、前日にロッソと情報共有をしたところ、どうにも会談は難しいものになりそうだったからだ。
「……珍しく緊張しているな? 陛下にも全く緊張しておらんかったではないか」
ロッソは面白そうにそんなことを言ってきた。それに苦笑しつつ、溜め息を吐く。
「昨日の話をお聞きした限り、今回は大変そうだなと思いまして……あー、もう。トランさんが来てくれたら良かったのに」
ロッソに返事をしてから、その場にいないトランに文句を言う。それを聞いてロッソは肩を揺すって笑った。
「はっはっは! 確かに、トラン殿は気持ちの良い御仁だったな。しかし、フィエスタ王国としては複数の目で各国を見極めたいのだ。仕方ないことだと思うが良い。使者殿の話では、トラン殿も今回はソルスティス帝国へ向かったと言っておったではないか」
「帝国ですか……比べられると不安ですよねぇ。あ、でも、今回の使者の方は前回、帝国と会談をしたという方でしたよね? それなら、帝国との今後も知れるかも……」
「うむ、その通りだ。他国の者と会う時は、必ず様々な角度から物事を考える必要がある。一つの国の考えを知るだけでなく、それに関連する別の国の行動や関係性を知ることも出来るのだ」
「おお! 分かりました!」
ロッソの言葉に大きく頷いて答える。そう思うと、面倒そうな相手との会談にも前向きになれるから不思議だ。
そして、そんな会話をしていると、フィエスタ王国の使者は到着した。広間の扉をノックして外から騎士の一人が現れる。
「失礼いたします。フィエスタ王国のモンデオ様がいらっしゃいました」
「うむ。通すが良い」
「はっ!」
簡単なやり取りをして、騎士は使者を呼びに戻った。程なくして、騎士は一人の男を連れて来る。現れたのは小柄な茶髪の男だった。細身ということもあり、かなり小さく見える。前回来たトランが大柄で筋骨隆々だった為、妙に小柄に見えてしまう。
使者は広間に足を踏み入れると、目を糸のように細めて笑顔を作り、腰を曲げて一礼した。
「フィエスタ王国の四番艦隊、艦隊長のモンデオ・オーカスと申します。ロッソ様、本日はお目通りしていただき、誠にありがとうございます」
深く頭を下げながら恭しく挨拶をするモンデオ。それにロッソが片手を挙げて応える。
「うむ。それでは、モンデオ殿もこちらに座ると良い。此度の会談にはこちらのヴァン・ネイ・フェルティオ子爵も参加するが、よろしいか?」
「おお、貴方がヴァン様で……! 若くして才能を開花させた高い能力をお持ちの方だと聞いております! お会いすることが出来て幸運でした! もちろん、是非とも御同席していただきたいと思います!」
ロッソの紹介に、モンデオは笑顔でそんなことを言った。過剰過ぎる喜び方だが、褒められて嫌な気はしない。若干照れつつも挨拶を返した。
「初めまして、ヴァン・ネイ・フェルティオです。モンデオさんも艦隊長をやられているということは、凄く船の操作が上手なんでしょうね。是非見てみたいです」
「いやいや、私などそれほどでは……少し風の魔術が得意なだけですよ」
モンデオは恐縮したようにそう言って笑った。トランの話では艦隊長とは別に風の魔術を使う者もいたはずだが、モンデオの船では艦隊長本人が主で風の魔術を使っているのだろうか。
それなら、長時間の移動が可能なだけの魔力量を持っていそうだ。見た目にそぐわず魔術師として優れているのかもしれない。
モンデオとの初対面での印象は、決して本心を見せない人物、という感じである。
少しだけ緊張したまま会談が始まり、スクーデリア王国やフィエスタ王国の話を主として進行していく。お互いが警戒しているせいか、あまり深い部分には触れていない。トランの時は思わず船についてどんどん質問してしまったが、モンデオにはあまり国の機密に触れるような話はしない方が良いだろう。
そう思っていたが、不意にロッソが一つ大きく踏み込んだ質問をした。
「……そういえば、モンデオ殿は前回の航海でソルスティス帝国と会談をしたと聞いたな。帝国の印象はどうだったかな?」
そう尋ねると、モンデオはフッと笑みを浮かべて顔を上げる。
「おお、ソルスティス帝国ですか! 帝国はとても大きく、力強い国だと感じましたね。火砲という武器はご存知ですか? あの威力と攻撃可能範囲は驚異的でした。船に関してはまだまだでしたが、海という利を得ても我々が確実に勝てるとは言えないですね。それに、信じられないほど広大な土地に膨大な資源を持っています。それに裏付けられた裕福な生活は、正直羨ましいほどでしたね」
ロッソの質問に、モンデオは饒舌に帝国について語った。その言葉の端には、僅かに本心が見え隠れしたように感じた。




