再びロッソ侯爵に
二つの町を通過して、ようやくロッソ侯爵領に入った。もう目的地のトリブートまですぐである。
「……色々とご迷惑をおかけしました」
もうすぐ到着というタイミングで、兵士長であるシルエトからそんな謝罪の言葉を受け取った。苦労していそうなシルエトの顔を見て苦笑し、片手を振って答える。
「いや、気にしなくて良いよ。でも、もしフェルティオ侯爵家から離れるようなことがあったら、セアト村はいつでも歓迎するからね」
半分冗談だが、半分本気でそう言っておく。それにシルエトは困ったように笑いつつ、首を左右に振った。
「……正直、今すぐにでもヴァン様の下へ参りたいくらいです。しかし、我が家は父の代でジャルパ様に騎士として任命していただいたので……」
「義理堅いねぇ」
「騎士として当然のことです。簡単に主を替えるような騎士を誰が信頼してくれるでしょうか」
「おお、格好良い」
シルエトの騎士魂を賞賛すると、シルエトは照れ笑いを浮かべた。十数年も最前線で戦い続けているフェルティオ侯爵家の騎士団は練度が高く、騎士達も逸材が多いと思っている。それに、忠誠心も素晴らしい。ヤルドやセストに付いてまわる現状が勿体ないくらいだ。
「ヤルド兄さんとセスト兄さんは冒険者を護衛に雇えば良いと思うけどね。イェリネッタ王国との関係が変わったから暫くフェルティオ侯爵領では何も起きないだろうけど」
そう口にすると、シルエトは浅く頷きつつも自らの意見を口にする。
「……そうですね。騎士団の損害が大きかったので、今は新入りの訓練にもっと注力すべきです。ただ、ジャルパ様はヤルド様とセスト様のお立場をご心配されておられると思います。今回のことも、陛下からの信頼を回復するという点もあるでしょうが、何よりもヤルド様とセスト様の見聞を広げようとお考えではないかと思っております。王国の中心地である王都と、大侯と呼ばれるほど歴史あるロッソ侯爵領の統治。そして何より、急激に大きくなられていくヴァン様の働きを間近で見ることが出来るように、と……」
そう言って口を噤んだシルエトに、思わず拍手を送った。
「……凄いねぇ。実力もあるし、剣を教えるのも上手いし、全体を見る目もある。シルエトは騎士団長を目指すべきだよ。本当にうちに来ない?」
そう言って笑うと、シルエトは苦笑して首を左右に振る。
「過大評価しておられますよ」
シルエトは謙遜してそう言ったが、僕の言葉は本心である。こういった人材が多くいるのだから、フェルティオ侯爵家は大丈夫だなと思えた。ヤルドとセストもこんな騎士達ともっと会話をしてもらいたいものだ。
そんなことを思っている内に、トリブートに辿り着いた。セストはまだ付いて来るようだが、フィエスタ王国の使者との会談には参加しないようだ。まぁ、爵位があるわけでもないので当然といえば当然である。
トリブートに到着してすぐにロッソの下へ向かったのだが、一瞬で謁見することが出来た。それも格式ばった場所ではなく、ゆっくり寛げそうな応接室らしき部屋での対面である。
ロッソは暗い銀髪を揺らし、以前会った時と同じく大人の余裕を感じさせるダンディーな微笑みを浮かべた。
「おお、久しぶりだな。ヴァン卿も元気にしていたかな?」
「お久しぶりです! 元気に領地を改造してました! 閣下もお元気そうで何よりです!」
「はっはっは! また会えて嬉しいぞ、ヴァン卿。さっそくだが、明日の正午にフィエスタ王国の使者と会う予定だ。少し休憩したら情報共有をしておこうではないか」
「ありがとうございます!」
ロッソとそんな会話をしてから一旦町へ戻ると、それまで殆ど喋らなかったセストが口を開いた。
「……あのロッソ侯爵と、よくそれだけ自然に会話が出来るな」
驚いたような、呆れたような声でそう呟くセスト。それに首を傾げつつ、セストを振り向く。
「え? ロッソ侯爵はすごく優しいですよ?」
素直にそう答えたのだが、セストは信じられないものを見るような目で僕を見てきた。これは、大侯爵と呼ばれるロッソの威厳に委縮してしまっているな。まぁ、確かに普通の貴族なら失礼な発言をしては大変だと緊張するのかもしれない。もし目をつけられたら、みたいに考えていそうである。
だが、実際にはロッソは国内外問わず多くの者と謁見をしてきただけに、懐が広くて話し上手だと思う。あ、そう考えるとシルエトの言う通り、セストはロッソともっと会話して考え方や貴族としての姿勢を勉強するのは良いことだと思う。
まぁ、ロッソのようにダンディーで素敵な貴族になるのは簡単ではなさそうだが。




