出発するも……
フェルティオ侯爵家の窮地と、そんな中でもマイダディが色々手を回して頑張っていることが分かったところで、こちらも頑張ろうと出発の準備を終わらせる。
「荷物は大丈夫かな?」
「はっ!」
今回はエスパーダが居残りで、ディーとアーブとロウが騎兵五十と機械弓部隊を引き連れての参加となり、訓練と同じくらいディーのテンションが上がっている。そして、それは護衛依頼を受けているオルト達も同様だった。
「行くぞ、野郎ども!」
「へーい」
「私は野郎じゃないわよ」
気合十分というかメーターを振り切っているオルトに対して、眠そうなクサラ達と半眼で口を尖らせるプルリエル。最近はダンジョンに籠り続けていたので昼夜逆転現象に近い状態のようだ。護衛は大丈夫なのだろうか。
「エスパーダ、留守の間は頼んだよー!」
「承知いたしました。ヴァン様も無茶はせず、お気を付けください。すでに、ヴァン様はこのスクーデリア王国の一部を守護する重要なお立場ということをお忘れなきよう……」
「は、はーい! 行ってきまーす!」
このままだと話が長くなりそうなので、慌てて切り上げる。今回は少し期間が長くなるかもしれないという点と、もしかしたらという事を考慮して装甲馬車に乗っての移動となった。装甲馬車三台。通常の馬車も二台。さらに、周りには馬に乗った騎士達がわさわさと並んでいる。先頭には案内兼護衛のベテラン冒険者チーム、オルトさん一行。最強の布陣だ。
更に、今回に関しては異例の事態が起きている。そっと装甲馬車の窓から顔を出し、街道の近くを流れる川に目を向けた。
「む。婿殿、何か用事か」
敏感に視線を感じたアプカルルのラダヴェスタが顔をこちらに向けてくる。
「い、いや、なんでもないよ」
苦笑しつつ返事をして、馬車の中に引っ込んだ。すると、正面に座るティルとカムシンが横目で窓の外に視線を向けた。
「……アプカルルさん達と移動するとは思いませんでしたねぇ」
「プリオラちゃんも来たがってましたが」
「流石に危ないでしょ」
カムシンの呟きに軽く突っ込んでおく。今回は川の下流に下って行き、海まで行くと伝えたところ、何故かラダヴェスタがやる気を見せた。いわく、「海ならば仲間がいるから、協力するように頼んでみよう」とのこと。
海にもアプカルルがいるのか。海って大型魔獣がいるから危なそうなんだけど。
と、そんな驚きを感じつつ、船造りだからお手伝いしてくれるなら助かるということで、ラダヴェスタの意見を採用としたのだった。
「ヴァン様、そろそろ休憩といたしますぞ」
「りょうかーい」
ラダヴェスタがすいすいと川を下る様子を眺めていると、ディーがすぐ近くまで来て休憩をすると提案してきた。きっちり半日移動している為、昼食兼休憩という効率的な休憩だ。オルト達はよく文句を言わないな。
アルテと一緒に馬車を降りながらそんなことを思って前方に視線を向けると、街道の端っこで地べたに座り込んでいるオルト達の姿があった。マラソンを走り終えた後みたいになっている。後で荷物を受け取ってあげようか。
「あ、ヴァン様……」
「ん?」
オルト達の様子を眺めていると、隣に立つアルテが僕の袖を引いて名を呼んだ。振り返ると、後方を指差して何か言おうとしている。
「後ろで、その……遅れている方々が……」
言い難そうにそれだけ呟くアルテ。困ったような顔をしている。
それだけで何となく察したが、仕方なく後方を振り返った。こちらはもう騎士達が休憩の準備をテキパキとしているが、遥か後方では行軍速度の遅いセスト達が向かってきている。何が原因なのかとジッと観察していたが、どうやら馬車の性能が悪いようだ。馬車は二台だけなのだが、車輪が悪いのかシャフトが悪いのか。あまり速度を出せる状態では無さそうだった。
顎に手を当てて唸っていると、一番後方の装甲馬車から子供のような背丈の男が出てきて鼻を鳴らした。
「わしが改造してやろうか?」
自慢の髭を雑に片手で伸ばしながら、ドワーフのハベルがそう尋ねてくる。正直セアト村も冒険者の町も武具をどれだけ作っても売り切れてしまうので、ドワーフ達は超忙しい。しかし、今回は想像できない船の仕組みがあるということで、一番腕が良いハベルだけ強引に付いてきてもらったのだ。
まぁ、本人は未知の造船技術と聞いて喜んで同行してきたのだが。
「う~ん……仕方ないから、僕が車輪とシャフトだけ作ってあげようかな」
「おお、車輪と車軸か? 言っておくが、車体の強度も上げないと壊れるかもしれんぞ?」
「なるほど、確かに……って、そうなるとサスペンションも改造しなくちゃいけないから、結局新しく作った方が良いくらいでは?」
「さすぺんしょんってのは……ああ、バネ板か? あれは別に変わらんだろう。厚みがある方が良いが、ある程度の速度になると薄くて粘りがある方が良い。下手に改造し出すと時間ばかり掛かるからな」
「いや、バネ板じゃなくて、スプリングっていうか、草の蔓みたいになったバネのことだよ。あれなら、強度さえあれば確実に衝撃を吸収してくれるし」
「蔓? おお、この馬車に使われているやつか! あれは良いな! 面白い仕組みだった!」
気が付けば、ハベルと馬車の構造談義で盛り上がってしまった。それにアルテが小さく笑い、楽しそうに聞いていたのだった。




