ついに報せが来る
久しぶりの半日休みから三日後。ついに報せが届いた。
思ったより遅かったが、セアト村的にはそちらの方が助かる。だが、報せを届けた人物に問題があった。
「……久しぶりだな、ヴァン」
「お、お久しぶりでーす……」
もう随分と久しぶりに会った気がする実の兄、セストの顔を見上げながら挨拶を返す。元々痩せていたセストが、どこかやつれたような雰囲気になっていることが気になった。以前会った時はまだオドオドした様子を見せていた気がするが、今は暗くてやさぐれた雰囲気だ。
ちなみにセストは侯爵家騎士団の二十名ほどの騎士達と一緒に馬で来ており、こちらはエスパーダやディーを含め、三十名ほどでセスト達を迎え入れている。その為、セストの変化にエスパーダやディー達も驚いていることだろう。
「えっと、どうしてセスト兄さんが使者に?」
どうしても気になってそれだけ尋ねてみたのだが、セストからは舌打ちだけが返ってくる。嫌われているのは覚悟していたが、これはとっても嫌われているようだ。まぁ、その態度だけで何となくセストの状況が見えてくる。
前回のイェリネッタ王国との戦いにおいて、武功を挙げることが出来なかったどころか、初めての大きな戦いということで重大なミスを多発。陛下からの印象も最悪ということで、父のジャルパから叱責されたに違いない。
そして、当主候補として街の運営をしていた筈が王都からの書状を運ぶような立場に転落している。まぁ、陛下の性格を考えたら大事な書状をセストなどに運ばせたくはないだろうが、恐らくジャルパからの陳情もあって色々と手伝いをさせているのだろう。
セストとしては不服かもしれないが、イェリネッタ王国との戦いは今後のスクーデリア王国の未来を占うほどの大きな戦いだった。そこでミスを連発してしまったヤルドとセストがまだ何かさせてもらえるだけで有難いと思うべきだろう。ヤルドとセストは大貴族の象徴ともいえる火の魔術適性を持っていることも大きなアドバンテージだが、それでも崖っぷちなのは間違いない。
「……あ、今度のフィエスタ王国との交流ですが、ジャルパ侯爵はどうされるのでしょう?」
何とか会話できないものかと思って別の話を振ってみる。だが、それにセストは深く息を吐いて首を左右に振った。
「……お前が知る必要はない。まずは陛下からの書状を拝受せよ」
取り付く島もない様子でセストはそれだけ言い、両手で大きめの金属の箱を持ち上げる。効率重視の陛下にしては珍しく厳重なセキュリティーによる書状の運搬だ。もしかしたらセストへの嫌がらせかもしれない。いや、信用がないだけか。
そんなことを思って書状を受け取ろうとしたのだが、後方で少し大きな咳払いが聞こえてきた。振り向くと、無表情な顔でエスパーダがこちらを見ていた。
「……セスト様。申し訳ありませんが、ヴァン様は現在子爵家の当主となります。お前という仰り方は適当ではありません」
エスパーダが一言そう告げると、セストがグッと呻いて眉根を寄せた。
「な、なんだと!? エスパーダ、お前……! フェルティオ侯爵家を裏切った分際で……!」
エスパーダの言葉で、セストが怒りを露わにする。初めてみるセストの激昂に驚いていると、そのままエスパーダが冷静に反論した。
「セスト様。私は正式な手続きで引退をしたと思っております。執事長から引退した身でどこへ行くかは自由というのが一般的な考え方です。また、セスト様は確かに侯爵家の御子息であられますが、現在は爵位などは持っておられません。その場合、ヴァン様の方が上位の立場になりますので、呼び方にはお気を付けいただく必要があると愚考いたします……何か、おかしなことを申しておりますかな?」
無表情に、淡々と言われたはずだ。だが、まっすぐにセストを見下ろしながら言われたエスパーダの言葉は絶対零度ほどの冷たさを感じた。そして、矛先が向いていないはずの僕でも怖い。
セストも幼少時にはエスパーダに教育を受けたのかもしれない。エスパーダのその言葉を聞き、セストは体を強張らせて何も言えなくなった。
すると、エスパーダの隣に立っていたディーが歯を見せて笑う。
「わっはっはっは! 珍しくエスパーダ殿が激怒しておるので機会を逃がしましたな! セスト殿! 我々は以前は確かにフェルティオ侯爵家のお世話になり、大きな恩を感じておりますぞ! しかし、今の主はヴァン様ですからな! 我々の前でヴァン様に無礼を働けばどうなるか……良く考えて行動するべきであるとだけ申しておきましょう!」
笑いながら言われたディーの言葉だが、こちらも何故か背筋が粟立つような恐怖を感じた。
「……な、なんか怖いよね? 気のせいかな?」
苦笑しつつ斜め後ろを振り返ってそう尋ねたのだが、そちらにいるアルテ、ティル、カムシンの顔を見て固まる。
「……私も少し怒っています」
「ヤルド様もそうでしたが、セスト様も流石に失礼かと」
「……ヴァン様のご命令があればいつでも」
三人はセストから視線を逸らさずに低い声でそれだけ口にした。
「いつでもって何!? 何をするつもり!?」
カムシンの一言は無視できず、思わず突っ込んでしまった僕の声だけが空しく響き渡るのだった。




