メアリ商会の事情
突然現れたロザリーは一番に僕に挨拶をして、エスパーダやアルテ達に順番に挨拶をしてから近くの席の椅子を持ってきた。
「もし良かったら、少し同席させていただいてもよろしいでしょうか?」
椅子の背もたれに手をおいてそんなことを言うロザリー。その押しの強さは流石である。
「椅子まで持ってきてるのに断れないよ」
笑いながらそう言うと、ロザリーは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます!」
そう言って、コップをテーブルに載せて椅子に腰かける。笑顔のロザリーを見て、ティルも釣られて嬉しそうな顔になって尋ねた。
「ロザリーさん、何か良いことがあったんですか?」
ティルのそんな質問に、ロザリーは大きく頷く。
「そうなんですよ! あ、もう私の話をしても良いですか? 何か、重要なお話をされていたのでは?」
話したくて仕方ないが、領主の前で勝手に喋り出すわけにも……そんな感じでそわそわしながらロザリーが話を振ってくる。普段のロザリーとのギャップに思わず笑ってしまいそうだ。
「大丈夫だよ。何があったの? 僕も気になるし」
そう尋ねると、ロザリーはパッと花が咲いたような笑顔になった。
「実はですね……商会で活躍を認められた結果、上級会員になることが出来ました! これもヴァン様のお陰です! セアト村に店を出させていただいたお陰で……」
ロザリーは感極まったように喋り続けているが、その勢いに押されつつ質問を返す。
「ちょ、ちょっと待って、上級会員? まず、上級会員って何かな?」
そう尋ねると、ロザリーは口元に手を当てて「あ」と声をあげた。今日はロザリーの珍しい姿のオンパレードだ。大変貴重な一日である。
「も、申し訳ありません。私としたことが順序を飛ばしてしまいました……」
そう謝罪してから、ロザリーは小さな咳払いを一度して再度口を開いた。
「他の商会も似たような役職があるかと思いますが、メアリ商会では見習いから始まって下級会員、中級会員、上級会員と上がっていきます。その上はもう本部で商会全体の運営に関わることになるので、通常だと上級会員が最終目標といったところですね」
ロザリーは分かりやすく説明をして微笑んだ。
「なるほど……って、ロザリーさんはもう一番上まで出世しちゃったの!? すごい!」
驚いて聞き返すと、ロザリーは照れ笑いを浮かべつつ片手を左右に振る。
「いえいえ、単純にセアト村で出店できたことが幸運だっただけですから。ただ、自慢でもなんでもなく私の年齢で上級会員になった者は少ないので、今後は少し気を引き締めて頑張らないといけませんが」
そう言って、ロザリーは苦笑した。出世して気を引き締めるとは、もしやノルマでもあるのだろうか。もしかしたら上納金のようなシステムがあるのかもしれない。恐ろしい。
ロザリーの言葉を聞いて商会の闇を想像していると、ふっと息を漏らすような笑い声が聞こえてきた。顔を上げると、ロザリーが困ったように笑っている。
「ヴァン様がどのような心配をされているかは分かりますよ。ですが、私は中級会員だけでなく、他の上級会員にも負けるつもりはありません。まぁ、セアト村まで来て何か言ってくるとかはあるかもしれませんが、文句を言えないくらいの売上を出して格の違いを見せつけてやりますとも」
と、ロザリーは意気込む。おお、なるほど。確かにロザリーはずっと年上のベテラン商人達をごぼう抜きしたことになるのだから、妬まれることも大いにあるだろう。場合によっては更に上を目指す先輩の上級会員たちから嫌がらせを受けることもあるかもしれない。
そのことに気が付き、ロザリーの強気な姿勢を素直に凄いと感じた。
「へぇ、凄いねぇ……でも、ロザリーさんならきっと大丈夫だよ。何かあったら僕も協力するから教えてね」
頑張るロザリーを応援するつもりでそう言ったのだが、ロザリーは目を瞬かせて固まる。そして、声を出して笑いながら首を左右に振った。
「流石はヴァン様ですね。私などよりもずっと大変な状況だと思いますが、その余裕っぷり……いつかそうなれるように頑張ります! あ、皆様のお時間を邪魔してしまい申し訳ありませんでした! こちらの食事は全て無料にしておりますので、ごゆっくりお楽しみください!」
ロザリーはそんな訳の分からないことを言って去って行った。何度も頭を下げながら帰っていくロザリーを手を振りながら見送っていると、エスパーダが小さく頷いて口を開く。
「……ロザリー嬢も気丈ですな。メアリ商会ほどの大きな商会内で出世していくというのは口で語った以上に大変なことでしょう。しかし、それを感じさせない強さがあります。もちろん、ロザリー嬢が言っていたように、八歳で独立して十歳で子爵になられたヴァン様は、各貴族達からもっと多くの妬みや僻みを受けているでしょう。ヴァン様はあまり気にしておられないようですが、今後はセアト村内であっても暗殺を警戒しなくてはなりませんな」
「……あ、暗殺?」
エスパーダの言葉を聞き、一気に食欲が失われてしまう。ぷるぷると震えながら周りを見ると、アルテも顔色が真っ青になっていた。ティルも同様だ。そして、カムシンだけは殺気を放ちながらナイフを握っている。
いや、カムシンは腰に刀を差しているはずなのだが。
「……僕は出世なんてしたくないのに」
僕は溜め息を吐きつつそう呟き、最後の晩餐のような気分で残りの料理を堪能したのだった。




