笑ってすみませんでした
本日2話目です!
「いや、笑ってしまって申し訳ない」
少しして、僕はなんとかそれだけ言った。まだ口元は緩んでしまうが、先程までよりは落ち着いたか。
不審な目つきでこちらを見るパナメラと、心配そうに僕を見るアルテ。エスパーダとディー、カムシンはまだ油断なくパナメラを注視しているが、もうここで衝突することは無いだろう。
全く意識していないが、僕が笑い出したお陰で緊迫感は薄れたようだ。流石はヴァン君。
僕は苦笑しながら、パナメラに対して口を開く。
「では、その勘違いを訂正しましょう」
「勘違い?」
眉根を寄せるパナメラに頷き、答える。
「僕がつけてもらった部下はそこのカムシンという子供と、メイドのティルの二人だけ。大して金銭も貰えませんでしたよ」
そう告げると、パナメラの目が細められた。
「……ならば、そこの騎士と執事は何だ。外に控える二人の若い騎士もどう考えても部下だろう」
パナメラがそう聞くと、僕が答えるよりも早くディーが口を開く。
「我らは自主的にヴァン様に付いてきたのだ。見送りと護衛だと言って飛び出してきたからな。先日騎士団長の奴から即時帰還の指示書が来たが、無視してやったわ」
と、豪快に笑う。いや、笑い事ではない。
「帰還命令がきたなら帰らないと。退団させられちゃうよ?」
そう言ってみるが、ディーは愉快痛快と笑うのみである。それを呆れて見ていると、今度はエスパーダが口を開いた。
「私はもうこの通り老骨でして、ヴァン様が田舎に赴かれると聞き、良い機会だと引退してこちらに参りました。老後の趣味として、ヴァン様に私の知識の全てをお教えする所存です」
なんて迷惑な趣味だ。嫌がらせか。
そう文句を言いたいが、最近はエスパーダの講義の時間は減り、一日一時間程度で済んでいるため、さほど苦ではない。
ディーは僕とカムシンだけでなく、村の子供達にも剣を教えているため、訓練の時間は少し減った。
まぁ、どちらも毎日行っていることに変わりはないのだが。
今日も夕方訓練して夕食後に勉強か。そう思って苦笑していると、パナメラが何とも言えない顔で口を開いた。
「……では、この村の変貌ぶりはどう説明するつもりか?」
その疑問には、僕が答える。
「実際に見てもらいましょうか」
「む? 何処に行く?」
答えながら立ち上がると、パナメラはまたも不審そうに眉をひそめる。
「外ですよ。ちょうど、新しく外側に城壁を築く予定でしたから」
そう告げると、パナメラは無言で立ち上がり、アルテも慌てて腰を上げた。
連れ立って外に出ると、見事に整列していた兵士達が一斉にこちらを向く。いや、パナメラを見たのか。
そんな兵士達を横目に見つつ、僕は村の正面の出入り口に向かった。すると、すぐ後ろを付いてきたパナメラが兵士達に横顔を向ける。
「視察に出る。五メートル後に続け。縦列だ」
端的にそれだけ言って歩き出すと、兵士達は素早く隊列を組み直して後に続いた。
物々しい雰囲気に村人達が何だ何だと集まってきているが、僕は挨拶代わりに片手を振って応える。なにせ、後ろには貴族の子ではなく、貴族本人がいるのだ。村人達の相手をしていては無礼に当たる。
まぁ、子供が話しかけてきたら笑いかけるくらいはするが、貴族社会としては位が上の貴族がいれば優先順位はそちらが上である。あぁ、面倒臭い。
「あ、皆でウッドブロックを運んできてくれる?」
ふと材料が足りないことを思い出し、近くにいた村人にそれを伝える。村人は返事をすると、人手を集めに走った。
うむ、良きに計らえ。
それから門を抜けて橋を渡り、街道をしばらく進んでいると、焦れた様子のパナメラが口を開く。
「何処まで行く?」
やはり不審に思われているか。まぁ、理由も説明せずに連れ出せばそうなるだろう。
なので、その場で立ち止まり、辺りを確認してエスパーダを見る。
「この辺り?」
「そうですね。六角形の一面ならば、ここで問題ないでしょう。角の部分はもう少し先になりますが」
「そうか。じゃあ、後で修正出来るように、幅二メートルくらいで作ってみようか」
「了解しました」
そんなやり取りをしてから、パナメラに振り返る。
「では、城壁を作りますね」
「……今からか?」
驚くパナメラをよそに、エスパーダにアイコンタクトを送る。無言で首肯したエスパーダは、その場で詠唱を始める。十秒ほどで詠唱は終わり、魔術は発動した。
街道のすぐ脇のところに、瞬く間に土が盛り上がり、巨大な土の壁が出現する。左右の幅二メートルほどだが、厚さは五メートル以上はあるだろうか。高さも十メートルちゃんとありそうである。
「む、これは……貴殿は引退した一流の四元素魔術師だったのか。だが、これだけでは魔力が失われた時、この壁も崩れて力を失う筈だが」
そう指摘するパナメラの前で、僕は出来たばかりの土の壁に向かい、手のひらを当てた。
大地から隆起している為だろうか。土、岩だけでなく、骨や火山岩、一部鉱石も含まれた壁だ。ならば、接合する素材はいくらでもある。
本来なら完全なコンクリートを目指したいが、それには各材料の素材が足りない。なので、応急処置だ。
城壁が固まったのを見てから、村人達が総出で運んできたウッドブロックを手に取る。
「……その材料は、家屋に使っていたものか」
パナメラが興味深そうに眺める中、僕はさっさとウッドブロックを接合していき、一気に門を作成する。後で金属のコーティングもするとして、形状と頑丈さは意識して造り上げた。
ウッドブロック職人のヴァン君は五メートル級の両開き門も僅か十数分で造り上げるのだ。ちなみに、形は五分。模様や装飾に10分かけている。
門の上部は後で反対側の城壁と繋ぐとして、今はこれくらいで良いだろう。
「よし、こんな感じかな」
そう呟いて振り返ると、パナメラ達が唖然とした顔で門を見上げていた。
あの規律正しく行軍していた兵士達も目と口を丸くし、間の抜けた顔を晒している。
誰もが何も言葉を発しない状況の中、混乱気味のアルテがポツリと口を開いた。
「……ヴァン様の、魔術適性は何なのでしょうか」
その言葉に、パナメラが正気を取り戻す。
「そ、そうだ。今のは何だ? なぜ、こんなことが出来る? 君はいったい……」
まだ混乱しているようだが、パナメラは何とか努めて冷静に質問をしてきた。
それに肩を竦めつつ、曖昧に笑う。
「残念なことに生産系の魔術適性ですよ。なので、物を作ることしか出来ません」
自嘲気味にそう告げると、パナメラは目を見開き、出来たばかりの門に視線を移した。
「……これだけのことが出来て、何が残念なのか分からない。この力は脅威だ。下手をしたら、一ヶ月で要所に拠点を築くことが出来る力だ。やはり、フェルティオ侯爵はこの力で伯爵領に攻め入るつもりで……」
「あ、父は僕の力の事は何も知りませんよ。四元素魔術の適性が無いと知った瞬間に放り出されたので」
そう答えると、パナメラは呆れたように目を細め、息を吐いた。
「……馬鹿な。なんと勿体ない選択か。この力があれば、侯爵家はこれまで以上に飛躍的に強大となったものを……いや、知らなければ、想像も出来ないのか。まさか、生産系の魔術師がこれほどの可能性を持っていたとは、私とて予想だに出来なかった」
険しい顔でそんなことを呟いているパナメラに、僕は村の方向を指差す。
「じゃ、帰りましょうか。城壁作りはまた明日から行いますので」
そう告げると、パナメラは複雑な顔で頷いた。
「……了解した。まだ、この城壁の築造を見てみたかったが、仕方あるまい」
と、素直に頷く。どうやら、パナメラの誤解は無事解けたようだった。
良かった良かった。
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