オーバーワークって何だろう
「魔力が、魔力が尽きる……うっ」
「ヴァン様……っ!?」
「大丈夫ですか!?」
片膝を突いたままの体勢から前のめりに倒れ込んだ僕を見て、アルテとティルが駆け寄ってきた。カムシンは既に忍者の如き速度で走り寄り、身体を支えてくれている。
「も、もう、僕はダメなのかもしれない……アルテ、ティル、カムシン……僕の代わりに、このセアト村を、頼んだ、よ……」
息も絶え絶えにそれだけ言って体の力を抜く。すると、カムシンが僕の肩を持つ手に力が入った。アルテは傍で両膝を地面に突き、ティルは勢いよく僕の胴体にタックルをぶちかましてくる。
「ヴァン様……っ!」
「そんな……!」
「ヴャンサマ……ッ」
皆が声を上ずらせている中、ティルは多分鼻水も流しながら叫んでいた。お腹が苦しい。セアト村の為に身を粉にして働き続けた健気な天才少年ヴァン君。彼の聖人君子のような働きぶりは永遠に語り継がれ、いずれは神話になることだろう。
そんなことを思いながらグッタリしていると、後ろの方から咳払いが聞こえてきた。
「……満足されましたかな? さぁ、本日の予定は後五棟ですぞ。領主としての仕事も残っておりますので、急ぎで済ませてしまいましょう」
と、悪魔の囁きが聞こえてくる。なんて恐ろしいことだろう。神は死んだのか。
冷や汗を流しながら気絶を装ってみる。すると、アルテが涙目でエスパーダに振り返った。
「え、エスパーダ様……その、ヴァン様は本当に限界かと思われます。もう、連日働き続けていて……」
アルテがそう訴えると、ティルが僕の体を抱きかかえたままエスパーダに振り返った。勢いよく僕の上半身を捩じってエスパーダの方へ向く形となり、肺の空気が全て絞り出された。
「ひゅ……っ」
本当に死ぬかもしれない。苦しい。
そんな見目麗しくも儚いヴァン君の命が尽きようとする中、ティルが涙ながらに語る。
「エスパーダ様は鬼です! ヴァン様はまだ十歳! 何故か身長もあまり伸びておりません! それもこれもエスパーダ様やディー様が毎日あのような……」
ティルが庇ってくれようとしていることは分かるが、これは話が長くなりそうである。しかも、エスパーダは黙ってティルの話を聞く姿勢になっている。これはヤバい。それと、僕の身長に関しては今の話と関係がないと思うのだが、どうだろうか。
そんなことを考えている内に限界が来た。
「……っ! ごほっ! げふんげふん……っ」
咽せつつなんとか呼吸をして整える。危なかった。あと少しで美しい花畑が見えるところだったに違いない。
「ヴァン様……!」
「意識が……!」
「……良かった」
アルテ達が喜びの声をあげる。皆優しいなぁ。対して、悪魔王エスパーダは……。
そう思ってエスパーダを見上げると、無表情ながら何か考えるような素振りを見せていた。そして、軽く頷いて口を開く。
「……まぁ、良いでしょう。三日目の今もまだ連絡はありません。最低でも明日以降になると思われます。今日は半日休日として、明日からまた頑張りましょう」
「え……?」
エスパーダの口から、休日という単語が発せられた。こんなことが今まであっただろうか。あまりにも予想外の事態に、あの噂の天才少年ヴァン君であっても理解するのに時間を要してしまう。
すると、エスパーダは無表情でもう一度咳払いをし、こちらに背を向けた。
「それでは、午後の予定を全て明日以降に変更いたします。一部、私が代行可能な業務は処理しておきましょう。十分な休日になるように手配をしておきます」
そう言って、エスパーダは去ろうとする。その背を見て、思わず声を掛けた。
「僕が休日なら、エスパーダも休日でしょ?」
そう尋ねると、エスパーダは立ち止まり、眉根を寄せてこちらに顔だけで振り返る。
「……それは難しいでしょうな。現状、我々が抜けていた間の仕事は多く残っております。また、城塞都市ムルシア及び城塞都市カイエンからの要請についても対応中なので……」
現在の状況を淡々と説明していくエスパーダ。なんとなく、その表情には疲れが見える気がした。なので、ここは領主としての権限を発動する。
「もちろん、状況は知っているつもりだよ。でも、今日どうしてもやらなくちゃならない業務は無いよね? だから、エスパーダも半日お休み! これはヴァン・ネイ・フェルティオ子爵としての命令なので、断れません!」
そう言ってドヤ顔をしてみると、エスパーダは目を丸くして固まった。一、二秒だろうか。珍しくフリーズしていたエスパーダだったが、すぐに動き出す。
そして、フッと息を吐くように笑った。
「……ヴァン様のご命令ならば、仕方ありませんな」
エスパーダが笑ってそう言うと、ティルやカムシンが目を瞬かせて驚く。
「え、エスパーダさ、様が……」
「笑っ……!?」
若干失礼な二人の反応に苦笑しつつ、片手を挙げる。
「それじゃ、皆で全力でお休みします! なので、今からセアト村に出来た食堂で皆でお食事をするよ!」




