是正措置
騎士団の団員達の忌憚ない意見を耳にしたヴァン君は早速訓練場にいるディーの下へ向かった。
「せい! せい! ふん! は!」
風が吹き荒れ、少し離れた場所にある木々が揺れ動く。その中心に立つディーの掛け声が風の音と同時に聞こえてきて、思わず足を止める。訓練場は広く作っており、その真ん中でディーが素振りをしている。他の騎士達も訓練をしているのだが、ディーの素振りに完全に気後れしているように感じた。
いつも思うのだが、ディーの素振りって明らかに普通じゃないんだよね。タルガやオルトとかも本気で剣を振ると凄いのだが、ディーは更にもう一段階上だと思う。ちなみに体力も尋常じゃなく、もしセアト騎士団の中で感染症とか流行って全滅した時は、ディーだけでセアト村と城塞都市ムルシアを交互に守るなんて作戦を実行するかもしれない。ディーなら毎日往復とかしてくれそうである。
それだけ尋常じゃない能力値の人間が訓練を行えば、常人には耐えられないのかもしれない。
「ディー!」
声を掛けてみると、風神様のような状態のディーが素振りをやめてすぐに走ってきた。
「おお、ヴァン様! どうされましたかな!?」
目を輝かせるディーに、一応前置きをしておく。
「訓練をしにきたわけじゃないからね?」
「むむ! それは残念! とりあえず、運動がてら素振り百回と走り込みだけしておくのは……」
「しないってば!」
「残念ですな! はっはっは!」
そんなやり取りをして、ディーは豪快に歯を見せて笑った。そのいつもと変わらない様子に苦笑しつつ、さり気なく訓練の話を振ってみる。
「そういえば、最近はすごく訓練が大変そうだけど、大丈夫? アーブとロウとか死にそうになってない?」
そっと騎士団長候補の二人を出して様子を探る。それに、ディーは腕を組んで口の端を上げた。
「ほほう! 確かに、二人にはいずれ騎士団長になっても大丈夫なように少し過酷な訓練をさせておりますな! もしや、どちらかが泣き言でも言っておりましたか」
「いや、不思議なことに二人とも死にそうな顔をしてても文句は言わないよ。でも、遠目に見てて大丈夫かなって心配になったから」
「ふむ! それは良いことですな! 二人とも良く頑張っておりますぞ! ヴァン様が気にかけてくださっていると聞けば、もっと頑張ることでしょう!」
そう言って、ディーは声を出して笑う。どうやら、アーブとロウは他の人よりも更に激しく訓練をさせられているらしい。それでも二人とも文句を言わないのだから、何とかなるのだろうか? いや、まだ騎士になって一年前後の新米も多いのだ。元々騎士をしていたアーブとロウと一緒にするのは間違いなのかもしれない。
「倒れられちゃっても困るから、少しだけ訓練のレベルを下げてみる? そのままで大丈夫かな?」
尋ねてみると、ディーは少し考えるような素振りをみせた。
「ふむ……そうですな。現在、訓練は五段階に分けております。自分とタルガ殿が行う特級訓練。アーブやロウ達、騎士団長候補が受ける超上級訓練。カムシンや一般騎士が受ける上級訓練。ヴァン様や新米騎士が受ける中級訓練。入団して半年以内の新米のみの下級訓練ですな」
「僕って中級訓練だったの!? あんなにきついのに!?」
「ヴァン様は訓練に充てられる時間が少ないので、短い時間ですが二倍の密度となっておりますな。きちんと半日訓練にすれば、密度が半分になり通常の訓練になるでしょうな」
「詰め込んでたのか……」
ディーの回答を聞いて衝撃の事実を知った僕はショックを受けた。本来は中級訓練の筈なのに、詰め込んで密度が上がってるなら上級訓練以上になっているのではないか。確かに、模擬試合をしても他の騎士達と良い勝負になっていることがおかしいのだ。それでショックを受ける騎士もいるというのに。
「ちなみに訓練の内容って見直ししてる?」
「訓練の見直し……そうですな。大体、月に一度はしていると思いますが」
「おお、凄い」
ディーの訓練に対する情熱は知っていたが、それにしてもきちんと定期的に見直しをしているのは偉い。そう思って褒めてみたのだが、ディーは真面目な顔で首を左右に振る。
「本来ならもう少し段階を分けて教えたいところなのですが、人手が足りんのです。タルガ殿が来てくれたことで陣形訓練と戦術の基礎訓練は以前よりしっかりしたものが出来るようになりましたが、まだまだ学ぶべきことは多いと思っております。まぁ、それでも騎士たち全員の体力や剣術の腕は随分と向上しましたが」
「へぇ、そうなんだ。皆ちゃんと成長していってるんだねぇ」
子を見守る親のような気持ちで何度も頷く。すると、ディーは得意げに笑い、訓練する騎士達を指し示した。
「あそこにいるエルは騎士団に入団して一年経ちました。下級訓練から中級訓練になり半年ですが、このように空いた時間に素振りをするほど真面目です。少し早いですが、上級訓練を経験させても良いかと思っております」
「へぇー! それは凄いね!」
そう言うと、ディーは嬉しそうに笑って頷く。
「はっはっは! その近くで訓練しているエディはまだ中級訓練を始めたばかりですが、体力は二倍以上になりましたぞ。良く走る者は良く伸びると言われております。後は奥にいるレーリという者ですが、奴は二年おるのにまだ上級訓練に上がれておりませんな」
「へぇ、そうなの? 大丈夫かな?」
心配になって奥の方で訓練しているレーリと思しき青年を見る。それにディーが笑って頷く。
「根が真面目ですからな! どうにも瞬発的な判断が苦手のようですが、ああいった者はコツを掴めば一気に伸びるものです。それに、苦労して実力を上げた者はその分、過程で多く悩み、考え抜いておりますからな。後で良い教官になるでしょう。そういう意味では、レーリは長い目で見ても楽しみな騎士ですぞ!」
そう言って、ディーは肩を揺すって楽しそうに笑った。かなりの人数になったというのに、ディーは一人一人の騎士を良く見ている。厳しくも優しい、良い先生だ。
「……そっか。よし、それならディーに任せようかな。それにしても、騎士の皆の頑張りも凄いね。もし良かったら今度他の人のことも教えてね」
ディーの教育方針を聞いて大丈夫かなと判断し、そう告げた。すると、ディーは笑みを浮かべて深く頷く。
「おお! それは嬉しい話ですな! よし、騎士それぞれの状況と今後について報告書をまとめるとしましょう! アーブとロウの良い勉強にもなりそうですな! はっはっは!」
「え? いや、報告書までは良いかな? そんなことしたら、また物凄い量の書類が……」
「いやいや、お気になさらず! ほんの千枚程度でしょう! はっはっは!」
こうして、結果的に僕は自らの仕事も増やしてしまったのだった。




