騎士たちの言葉
一時間で騎士団の団員から事情聴取を行う。これは難度が高い。どれだけ近い距離で行うのかが重要となるだろう。出来ることなら、五人か十人くらいまとまっている場所が有難い。
そう思ってすぐに思いついたのは、まず領主の館を守っている騎士達に話を聞くことだ。そうと決まったら、すぐに玄関を警備する騎士達を捕まえることにする。
セアト村の中にあって比較的安全とはいえ、領主の館はきちんと警備されている。まぁ、今ではかなりの人々がセアト村へ商売に来たり、イェリネッタ王国へ向かう為に通過したりしているからね。知らない顔も随分と増えてきたように思う。
さて、そんなことはさておき、領主の館の警護担当者へ突撃インタビューをするのだ。玄関に行くまで誰ともすれ違わなかったから、外にいるに違いない。
館の正面出入り口である扉を押し開けて、外へと顔を出してみる。
「あれ? ヴァン様。お出かけですか?」
予想通り、そこには二十代後半くらいの青年騎士がいた。ちなみに、この青年騎士はセアト騎士団発足時に入団した最古参の一人である。
「今、忙しい?」
仕事中なので、一応了解をとっておこうと思って尋ねてみた。すると、青年は苦笑しながら首を左右に振る。
「怒られるかもしれませんが、セアト村の中なので危険もなくて暇をしていますよ。何か困りごとですか?」
暇だった。医者と警察は暇な方が良い。セアト村が平和なのは良いことだと頷き、青年に最初のインタビューを行うことにした。
「ふと気になったんだけど、騎士の給料とか待遇とかに、不満は無いかな?」
そう質問すると、青年は目を丸くして驚く。
「え? 不満なんてないですよ? どうしてですか?」
と、青年はあっさりと答えた。いかん。良く考えたら領主である僕にそんな不満を言うことは無いではないか。
いうなれば、平社員に社長が直接「うちの会社に不満ない? 文句があるなら言ってみろ」と尋ねて回るのと変わらないではないか。とんだパワハラ野郎である。
「そ、そう? もし、何か改善点があったら何でも言ってね? ほら、やっぱり給料とかもっと欲しいとか、お休みが欲しいとか……」
慌てて優しく、丁寧に質問をし直した。それでも若干のパワハラ感は感じてしまうかもしれない。僕はヒヤヒヤしながら青年の回答を待つ。
しかし、青年は面白い冗談を聞いたとでも言うようにフッと息を漏らして笑った。
「いやいや、不満なんてないです。本当ですよ? だって、昔はその日に食べるものすらないかもしれないって日々を過ごしてたんですからね。毎日安心して寝起き出来て、好きなものを食べることが出来るだけのお金ももらえて、それで文句を言ってたら仲間にぶん殴られますよ」
そう言って、青年は肩を竦める。その表情や話す様子を見る限り、嘘ではなさそうだ。しかし、今はパワハラ社長を目の前にして必死に本音を隠しているのかもしれない。
そう思い、挙手をして口を開く。
「作戦タイム! ちょっと待っててね!」
「え!? 作戦タイム!?」
驚く青年を尻目に、扉を閉めてカムシンに声を掛けた。
「お願い、カムシンから聞いてみてくれないかな? 僕から質問すると不満なんて言えないかもしれないから」
そう告げると、カムシンは目を瞬かせて首を傾げる。
「え? そんなことは無いと思いますけど……」
「カムシン、パワハラは駄目なんだよ? 気が付かなかった、知らなかった……そんな言葉で片付けてはいけないんだ。僕ももう子爵家当主になってしまったからね。知らず知らずの内に威厳が滲み出て皆を威圧してしまっているかもしれない。だから……」
「そ、そうなのでしょうか……?」
カムシンは常に一緒にいるからか、不思議そうに聞き返してきた。そういえば、カムシンは忠誠心の塊だったのだ。
「だって、子爵家当主っていったらちょっと前のパナメラさんと同じ爵位だよ? セアト騎士団の団員もパナメラさんを怖がってる人いっぱいいるんだから」
「ぱ、パナメラ様と同じ爵位……確かに、そう思うと……」
補足説明を加えると、カムシンは息を呑んで深く頷く。よし、分かってくれたか。
「それじゃあ、カムシン! お願いね! ついでだからセアト村内で働いている騎士十人くらいに質問してきてもらえないかな?」
「わ、分かりました! 騎士団への不満ですよね? 調査してきます!」
お願いしてみたところ、カムシンは真剣な顔で頷き、扉を開けて外へと出て行った。頼むぞ、カムシン調査員。
「……騎士団に不満を持つ人なんていないと思いますけど」
「……そうですね。他の領地と比べても破格の待遇だと思います」
ティルとアルテが後ろでそんな会話をしていたが、そんな優しい言葉で慢心してはいけない。自らを律してパワハラとは決別するのだ。目指せ、ホワイト領地。目標はホワイト領主である。




