【別視点】フィエスタ王国の決断
【フィエスタ王国】
岩をも撃ち抜く、火砲という存在。射程は数キロにも及び、モンデオが見ただけでもそれが二百以上もあったという。これには、大型魔獣を狩ることのできる各艦隊の長達であっても閉口せざるを得なかった。
「……それが、ソルスティス帝国が中央大陸の覇者となった理由か」
緊張感を持って誰かが呟く。それに頷き、紫色の髪の女は地図の上部を指差した。
「……中央大陸と西の大陸の間はこの海峡を行き来しているようです。間に二つの国があるとはいえ、いずれはソルスティス帝国の手は、そのスクーデリア王国にも伸びるかもしれません」
「話を聞く限り、ソルスティス帝国の方が優位だろう」
「……スクーデリア王国と同盟を結ぶのは早計かもしれんぞ」
モンデオの話を聞き、場の空気はソルスティス帝国への畏怖が広がっていく。これに、トランが疑問を投じる。
「そのソルスティス帝国という国は、信用できるのでしょうか? もし、このまま他の国を侵略していくなら、いずれはこのフィエスタ王国も……」
「……ソルスティス帝国の造船技術は? 遠洋に航海は出来るのか?」
「いえ、現在は中型の船で一部の沿岸を航行しているだけのようです。ただ、船の頑丈さはかなりのもので、操舵にも問題はありません。こちらの術具である銀装を提供すれば……」
皆の議論が俄かに騒がしくなる中、モンデオがさらりと意見を口にした。それに、何人かが目を鋭く尖らせる。
「それはいかん。船に施した術具はフィエスタ王国の秘術。それこそ、ソルスティス帝国が我が国を脅かす原因になりかねんぞ」
「うむ。せめて交易を結ぶくらいだろう。それも、軍事拠点から離れた地点を指定する必要がある」
モンデオの意見はあっさりと否定され、ソルスティス帝国に不用意に近づくべきではないという論調が強くなる。これに、モンデオは不服そうに眉根を寄せる。
「いや、その判断はあまりにも臆病というものではありませんか? 反対に、我々はソルスティス帝国の火砲という最新の兵器を得るのです。想像してみてください。フィエスタ王国の大艦隊、全ての船に火砲という最強の兵器が取り付けられた光景を! どんな敵も恐れることはない、神の軍団ともいうべき軍勢が誕生します!」
熱く、モンデオが持論を述べる。これには皆も顔を見合わせる。
「数キロ先にも届く兵器が……」
「海上からなら、移動しながら攻撃出来るということか」
「それは、確かに……」
そんな声が聞こえてきて、モンデオは口の端を上げた。しかし、一人の男が待ったをかける。身長の高い男だった。五十代前半ほどのその男は、片手を上げて一言告げた。
「武器が欲しいからと、こちらの持つ最大の交渉材料を提供するのはいかがなものか。その瞬間、確かに我々は最強の艦隊を得る……しかし、長い目で見ればどうか? それほどの国土を持つ強国に、我が国の造船技術が流出する。そうなれば、数年後にはフィエスタ王国では持ち得ないほどの大艦隊を作り上げてしまうのではないか」
男がそう告げると、モンデオは悔しそうに押し黙った。誰もがその男の発言に気を払っている中、椅子に座っている髭を生やした男が唸る。
「……我が弟、ドーガよ。その考えは正しい。だが、消極的に過ぎる」
髭を生やした男がそう言ってドーガと呼んだ男を見ると、ドーガは目を細めて頷いた。
「それは失礼いたしました。しかし、それでは王はどのようにお考えで?」
ドーガが聞き返す。それに、王と呼ばれた男が顔を上げた。
「まず、間違いないのはソルスティス帝国が今後も勢力を拡大していき、やがては両大陸の覇者になろうとするだろう。そうなってくると、いずれは我が国も危うい」
王がそう呟くと、モンデオは我が意を得たりと笑みを浮かべて口を挟む。
「その通りです! だからこそ、先んじて同盟を結び、友好国として侵略されないようにするのが得策でしょう! ソルスティス帝国は戦う前から和平を求めた国には協力を求めるだけで侵略しないとのことでした。多少の税や協力は必要でしょうが、それでも幾つもの国がこれまで通り存在しているようです!」
モンデオはそう言って、地図上でソルスティス帝国に隣接する四つの小国を指差す。しかし、それに隻眼の男が静かに怒りの声をあげた。
「それは属国のようなものであろう! 我らは勇敢なるフィエスタ王国の議員と艦隊隊長だぞ! そのような自尊心の欠片もない提案を飲めるものか!」
「い、いや、ダバド議員! そういうわけではないのです! 私はただ……」
慌ててモンデオが隻眼の男の怒りを鎮めようと声をかけたが、ダバドと呼ばれた男は腕を組んで睨むばかりである。そのやり取りを冷ややかに眺めて、ドーガは首を左右に振ってから王へと視線を移す。
「……王。どうぞ、ご意見を」
ドーガにそう言われて、王は浅く頷いて答えた。
「皆の意見は分かった。それを踏まえても、我々がすべきはただ一つだと思っている」
そう前置きして、自分を見る皆の顔を見回しながら、王は口を開いた。
「重要なのは、情報だ。東西に位置する大陸の情勢は分かった。まずは、ソルスティス帝国に侵略された国や従属した国がどうなったか詳しく調査せよ。スクーデリア王国にも再度接触する必要がある。どちらの国にも友好的に対応するが、決して船の秘密を漏らすでないぞ」
王がそう告げると、皆は即座に顎を引いて返事をしたのだった。




