ロッソの計略とトランの困惑
試作した船を桟橋に係留し、大人数でトリブートの町を移動した。ロッソと部下十数名。パナメラと部下十名ほど。さらに僕やタルガ、アルテ、ディーにエスパーダ、ティルとカムシンなど十五名ほど。そしてトランと部下達総勢二十名ほど……もはや大名行列のような大人数である。
ちなみに、他の騎士達はそれぞれ宿に戻ったり食事に行ったりしている。オルト達に至っては日数がかかりそうだと判断したのか、近隣の山へ魔獣狩りに出ていたりする。
とはいえ、流石にこの人数が店に入るのかという心配があった。しかし、そこはトランの選んだ店。普段から五十名ほどの部下を抱えるだけあり、店は大きかった。
「うわぁ、凄いですね!」
目の前に並ぶ大きな肉の塊を見て、素直な感想を述べる。人の頭ほどはある巨大な肉の塊だ。火が通っているとは思えない。だが、そのインパクトは素晴らしく、若い騎士達も大喜びで歓声を上げていた。
中心のテーブルにはロッソやトラン、パナメラ、タルガと僕やアルテが座っている。テーブルは広く、本当なら八人から十人で使うようなテーブルだ。六人でゆったり使えて快適である。
「皆様、お酒をお注ぎいたします」
「ありがとう、ティル」
店の店員さんはいるのだが、ティルが自ら給仕を申し出てくれた。お陰で僕たちのテーブルだけ貴族の食事会らしくサービスが行き届いている。もしティルがミスをしそうになっても、すぐ近くのテーブルではエスパーダも待機してくれているので安心である。
万全の態勢で美味しい食事を楽しめることに喜んでいると、皆の前に飲み物が並んだ。ちなみに僕の前には甘酸っぱい果実水が置かれている。
「さて、それでは……スクーデリア王国とフィエスタ王国の繁栄に」
「乾杯!」
ロッソがグラスを片手に一言口にすると、パナメラが乾杯の合図を送った。その合図に皆がグラスを合わせて音を立てる。居酒屋というほどの賑やかさはないが、それでも上級貴族が同席しているとは思えない雰囲気だ。
笑顔で酒を酌み交わし、肉にかぶりつく者たちを横目に、ロッソが酒を一口飲んで口を開いた。
「中々貴重な体験だね、これは……民たちはいつもこんなに賑やかな食事をしているのか」
ロッソは微笑を浮かべてそう呟く。どうやら普段からこんなに気さくに一般の飲食店に顔を出しているわけではないようだ。当たり前か。
そんなことを思っていると、トランが僅かに表情を暗くして口を開いた。
「……ロッソ侯爵。一つだけお聞かせ願いたいのですが、何故わざわざあの驚異的な造船技術を我々に? 力を見せつける為、ではないのでしょう?」
トランがそう口にすると、ロッソは深く頷く。
「もちろんだよ。むしろ、我々はフィエスタ王国と友好な関係を築きたいと思っているのだから」
ロッソは余裕をもってそう答えた。それに、トランは浅く頷き返してこちらを一瞥する。
「……それでは、信用を得る為にわざとヴァン子爵の造船技術を? ならば、こちらとしては実際に船を建造しているところを見せていただきたいと思いますが」
明らかな牽制だ。トランの口にした言葉を耳にして、数名の騎士や船員が緊張したように顔を強張らせた。ロッソはそんな気配を振り払うように笑みを深め、ゆったりとした雰囲気で答える。
「そうだね。ヴァン卿の力は素晴らしい。是非とも、トラン殿にはその一端を見てもらい、前向きにスクーデリア王国との関係を検討してもらいたいものだ」
ロッソがそう告げると、トランは僅かに眉根を寄せて唸る。
「……なるほど。それだけの自信がおありになる、ということですな」
トランがそう言って考え込むと、ロッソは背もたれに体重を預けて返事を待った。これはロッソやパナメラと話し合って決めた流れである。まぁ、かなり僕の意見を汲んでもらったが、根幹にはロッソの懐柔策がある。
他の国を知らぬトランやフィエスタ王国の各船長たちは、何よりも信頼できる同盟国を求めているはずだ。フィエスタ王国から周囲の大陸までどこを目指しても数週間はかかる。友好な関係の国が一つはなければ物資の補給もままならない。海の上にずっと浮いているわけにもいかないのだ。同じ理由で友好国や同盟国もいない状態で海の向こう側で戦うわけにもいかない。
そういった相手側の立場に立って考えると、色々と手は見えてくる。
そんな中でロッソが選んだのはあえて手の内をさらして、フィエスタ王国が他国と同盟を結ぶ前に同盟国になってしまおう、という案である。
対して、トランはなんとも複雑な顔になった。
「どうにも複雑に物を考えるのは苦手でして……開けっ広げに言わせてもらいます。スクーデリア王国や他国の情報と、ヴァン子爵の力などを教えていただけたら、スクーデリア王国との同盟の話を本国へ持ち帰ります。その証拠として、こちらもそれ相応の自国の情報をお教えいたしましょう」




