アプカルル
剣を抜き、構えるディーやアーブ、ロウ。バリスタにしがみ付くようにしてアプカルル達を見下ろす村人達。
一触即発の空気の中、アプカルル達は水路や堀の水面から肩まで出してこちらに一歩分近づいてくる。
アプカルルは昨日は可愛らしい子供だったが、今回は男女年齢全てバラバラだ。とはいえ、見る限り四十歳を超えそうな者は見当たらない。
若い男女、後は子供達がメインだ。
皆が美しい青い髪で、美形が多い印象だ。まぁ、下半身は魚みたいな感じらしいから何とも言えないが。
それらの顔触れを眺めていると、三十代後半くらいの男がこちらを見上げて口を開いた。
「……そこの少年。話をさせてもらいたい」
男は、まっすぐに僕の顔を見てそんなことを言った。
目が怖いオジカルルだ。ディーを側に置いていこう。ボディーガードがいないと怖くて対面出来そうにない。
ボディーガードになりそうな人を引き連れていこうと声を掛けていると、何故か商人のはずのベルが寄ってきた。
「アプカルルは一部の商人と取引をしています。何処から持ってくるのかは分かりませんが、希少な素材も多く、商人達の間ではアプカルルと取引をすることは大きな商いのきっかけになるとも……」
目を輝かせたベル。その熱意は半端じゃない。まぁ、その希少な素材というのも興味はあるし、ベルに商談くらいさせてあげても良いのかもしれない。
そう思い、同行を許可する。
跳ね橋を下ろして門を開け、外へと出る。アプカルルが堀や水路に顔だけ出してこちらを見ている。
不安になる映像だ。生首が転がってるみたいだな。
と、先ほどの男が橋のすぐ横に現れた。
「……娘が、世話になった」
「娘? ああ、昨日の子か」
つまり、父親に「よその家で食べ物もらった」と言ったのか。成る程、成る程。
そう納得していると、男は浅く頷いて目を細める。
「……少年が、アーマードリザードを倒したと聞いたが」
「まぁ、そんな感じ」
諦めてそう答えると、アプカルル達が俄かに騒ついた。
「まさか、こんな子供が……」
「強大な魔術師か?」
「だが、確かに強者達が付き従っている」
小さな声でそんなやり取りが行われている。ディーやオルト達は雰囲気で強いと分かるのか。
なんとなく成り行きを見守っていると、オジカルルが険しい顔で口を開いた。
「……認めよう、勇者よ。そなたとラダプリオラの婚姻を」
「え? 婚姻?」
急に口にされた宣言に、僕は目玉が飛び出しそうになった。
なにを言っているのだ、オジカルル。あと、ラダプリオラって誰だ。昨日の子か? 今日来てないやんけ。
プチパニックである。
届け、この想いとばかりにオジカルルの顔をガン見していると、オジカルルはブスッとした顔になり、口を開く。
「まさか、不服か? ラダプリオラはこの私、ラダヴェスタの一人娘だ。見目も麗しく、将来は宝石のように輝くだろう」
「それは凄いが、そのラダプリオラちゃんは何処かな?」
そう尋ねると、ラダヴェスタは眉間に深いシワを刻んで自分の斜め後ろを指差した。よく見ると、遠くに昨日のアプカルル、ラダプリオラがいた。
他の小さな子に何か言いながら、防壁を指差したりしている。
いや、プリオラちゃん、お友達らしき子と遊んどるやないか。
どこから婚姻の話なんて出たのか。そう思いラダヴェスタを見ると、何故か睨み返された。
「……我らラダ族はこれまで人間達と繋がりは持たずに過ごしてきた。しかし、近年我らの住む川をアーマードリザードが水場にしてしまっていた。故に、我はラダプリオラの婿として、強者を求める」
「ほほう」
僕はなんとなく頷いた。
つまり、最近怖い魔獣が多いし、強い人間と仲良しになって安全を確保したいということか。同盟の条件として、一族の長の娘を嫁に出すって感じかな。
戦国時代の政略結婚みたいだな。
まぁ、貴族間でもよくあるらしいけど、僕にはそんな話は来ない。当たり前か。
「では、我らは婿の近くに住むとする。この水場は婿の物か?」
「え、この堀のこと? いや、それなら裏にある湖に行ってもらって良いかな? ここだと、橋とかも降りてくるし、お客とか行商人が来たら吃驚しちゃうからね」
そう答えると、ラダヴェスタは静かに頷き、皆を先導して湖に向かった。
あれ? 気が付いたら認める形になってないか?
「ちょっと!? 僕は結婚なんてしないからね! 結婚なんてしなくても守ってあげるから」
声を張り上げてそう主張したが、アプカルル達はすでに水の中に潜り、湖に向かってしまっていた。
伝わったのか?
首を傾げていると、目を輝かせたベルが迫ってきた。
「あ、あの! もし希少な素材が手に入る時は、何卒私の店で、宜しくお願いします!」
興奮気味なベルに一歩引きながら首肯しておく。
「わ、分かったよ。とりあえず、そういったことになればね」
そう答えると、ベルは「信じられない。なんて日だ」などとぶつぶつ言いながら感謝した。
村人達はなにが起きているのか明確に把握出来ていないのか、ざわざわと騒ついているだけである。
唯一、エスパーダは若干険しい顔で唸っていた。
「大変な幸運でしょう。しかし、まさかヴァン様の最初の婚約者がアプカルルとは……こればかりは、どのような評価を受けるか、私にも予測出来ません」
悩むエスパーダに、僕は声を大にして言いたい。婚約は確定してしまったのか、と。
困ってティルの方を見ると、とても複雑な顔で俯くティルの姿が。
「私は、その、ヴァン様がお選びになったのなら、その……」
いや、明らかに不服そうですよ。しかし、一応言葉に出して断ったのだ。婚約者騒動は未遂であろう。
そう思いつつ様子見で湖に向かってみると、湖はすでにアプカルルに占領されてしまっていた。
岸付近では大人のアプカルルがのんびり談笑しており、湖の中心辺りでは子供のアプカルルが水遊びに興じている。
平和そのものの光景だが、何だこの脱力感は。
「……味方すると決めたからには、しっかりとフォローしてやろうか」
そう呟き、エスパーダに指示を出す。
「左右を拡張してくれるかな。舟屋みたいにするから」
「舟屋……つまり、小舟などが入る家、ですか?」
「そうそう。舟を降りたら二階の家に上がるような感じかな。嵐の時とか、舟屋があると舟を中に収納出来るから便利だよね」
そう答えると、エスパーダは成る程と言いながら頻りに感心する。
「スクーデリア王国にそのような形式の家屋があると聞いたことはありません。他国の、それも海洋国家などの国の様式でしょうか。流石はヴァン様。私ですら知らない知識をお持ちとは……知らぬところでも十分に学んでおられるようだ」
「い、いいから。早く作業終わらせちゃうよ。あ、カムシン。他にも人手を募ってウッドブロックを運んできて。多めに欲しいかな」
「分かりました! 村人達に手伝ってもらいます!」
こうして、湖畔の宿、とまではいかないが、湖畔の休憩所が二箇所完成した。
この改装はアプカルル達に大ウケであった。休憩所に入り浸る大人達が多く、狭いという意見まで出る始末。
裏側の奥に防壁を設置して、そちら側にもう一つ舟屋を作るか。
まぁ、将来の構想は置いておいて、ついでに村の裏側の防壁にもう一つ門と跳ね橋を設置したので、これで裏側に回り込むのも楽になった。
これにより、最初は怖がっていた村人達もアプカルルと少しずつ交流し始める。
農作物や肉をお裾分けすると、意外に律儀なアプカルルが色んな鉱石を持ってきたりするらしい。それをベルに売ると良い収入になるそうだ。
ベルの貯蓄がもう底を尽きそうだが、そこは気にしないことにする。
既に元の村の面影は微塵も残っていないが、まぁ、皆喜んでいるようなので良いか。
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