船の見学
海洋国家フィエスタ王国の第五艦隊の艦隊長、トランの相棒とも言うべき大型船、フリートウード。
その肩書きに相応しい、見事な軍艦だ。
全長百メートルにも届きそうな巨大さ。甲板から見える巨大なマストは大木のようだ。そして、船の外装と同じく銀色の金属板が貼られている。
「すごいですね! 全部銀ですか?」
そう尋ねると、トランはマストの表面を叩いて口を開いた。
「いいえ、中身は木製ですよ。いくら艦隊の主力とはいえ、全てに銀とミスリルを使ったら船を何隻も作れませんからね」
「あ、そうなんですね。でも、こんなに希少金属を使ってるのも凄いですね。やっぱり耐久力を上げる為ですか?」
その質問に、トランは少し表情を引き締めた。一瞬の黙考。答えるべきか考えていたようだが、すぐに表情を和らげた。
「まぁ、詳細は言えませんが、この金属のお陰で大型魔獣に襲われずに航海することが出来ます。なので、我が国の船は全て金属の板が貼られます」
「安全に航海する為?」
「ははは、軍事機密なのでこれは教えられませんよ」
トランは歯を見せて笑い、そう言った。それに口を尖らせて残念そうな顔を作る。
「そうですか……それじゃあ、船の他の部分を案内してください。色々と知らないことばかりで面白いです」
そう告げると、トランは快活な様子で笑って自分の胸を叩いた。
「お任せください! 船自慢をさせると右に出る者はいませんよ! わっはっはっは!」
トランは陽気にそう言って、船の中を案内してくれたのだった。
船の中を見て回って、最後に船内の食堂で料理を振る舞ってもらった。
「こ、これ! 美味しいです!」
釣ったばかりの魚を使った変わり種の刺身のような料理。それを食べたティルが目を輝かせて叫ぶ。
「確かに、海の上とは思えないくらい手の込んだ料理だね。このプチプチしたのは何だろう?」
「美味しいですよね。お魚が新鮮だからでしょうか?」
ティルの感想に僕とアルテも同意する。白身魚の刺身にオイルを使ったソース。そして、海ぶどうみたいなプチプチした何かと、天かすみたいにカリカリした揚げ玉。他にもスライスした果物と野菜も入っていたが、予想以上に刺身と合う味だ。
「料理長が腕によりをかけた甲斐がありましたね。普段はこんなに調味料や果物、野菜を使うことはありませんが、今はすぐに調達できるので奮発しました」
同席したトランが自慢げに料理の解説をする。どうやら特別な料理の一つだったらしい。
他にも並ぶ料理を順番に食べながら、食堂の奥に立つ二人の屈強な船員を見た。
「料理専門の方も乗っているんですか?」
「専門ではありませんね。料理も出来る甲板員が五名おり、その内の二人が料理長と副料理長として在庫の管理もしています」
その言葉を聞き、船の案内をされている間に見た船員のことを思い出す。
船員の数は五十人前後。その全員が十代から三十代の男だった。日焼けした屈強な男ばかりだ。もしかしたら、女は船員になれないといった決まりがあるのかもしれない。
差別かもしれないが、あのボディビルダーも真っ青な黒マッチョ二人がこの料理を作ったとはとても思えなかった。
なにせ、料理は王城で出てもおかしくない程のレベルである。豪快な海の男の料理ではない。繊細かつ複雑な味を持つ見事な料理だ。白い髭を生やしたお爺ちゃんコックが背後にいるに違いない。
「船の上だと色んな料理は出来ないかと思ってましたが、船での生活も快適そうですね」
「いやいや、魚も毎日では食べ飽きるものですよ。これまでは精々二週間程度で国に戻っていたので、一ヶ月以上の船旅がどれだけ辛いか骨身に沁みましたね」
「それじゃあ、今度フィエスタ王国に帰る時はいっぱい果物や野菜を買っていかないといけませんね。あ、そうだ! 良かったら僕が好きな食材を贈りますよ。お肉も色んな種類があるので、干し肉にして持って帰ってもらいましょう!」
「おぉ! それは有難い! いや、本当に嬉しい話です。ありがとうございます」
最後はトランと食の話で盛り上がった。トランは真っ直ぐで至極分かりやすい男だ。それに面白い。
船の上ならば肉はあまり手に入らないだろう。後は塩以外の調味料と果物。野菜もそうだ。航海の途中には幾つか島もあるだろうが、簡単には手に入らない。
さて、トランには何を持たせたら喜ぶだろうか。どうせなら、フィエスタ王国と良好な関係を築きたい。
まだ行ったこともない国だというのに、トランのお陰でフィエスタ王国がとても良い国なのだろうと思うようになっていた。




