船に乗りたい
こちらの質問が終わったと判断したのか、ロッソとトランは物資や船の状況など、定期的な報告のようなやり取りをした。それらが十分に出来たと判断したのか、ロッソは一旦会話を切ってこちらに振り向く。
「さて、最後に何かあるかね?」
そのロッソからの言葉に、即座に答えた。
「船に乗ってみたいです」
そう告げると、トランは目を丸くしてこちらを見た。
「……それは、こちらの技術を盗もうとしているという?」
「はい! 出来たら僕も船を作ってみたいです!」
子供らしくそう答えると、トランは一瞬動きを止めて目を瞬かせて、すぐに吹き出すように笑い出した。
「はっはっはっは! いや、これは失礼した。あまりにもはっきり言うもので、毒気を抜かれてしまった」
トランはこれまでの言葉遣いを忘れたように荒い口調で話し出した。豪快な性格が滲みだしているようだ。
「ダメですか?」
軍事機密だし、無理だろうな。そう思ってもう一度聞いてみる。すると、トランがフッと息を漏らすように笑う。
「我が国の船の詳細を教えることはできないが、乗ってみるだけなら構わないでしょう。但し、乗って良いのはヴァン子爵とその従者までですよ?」
「本当ですか!? やったー!」
トランの言葉に大喜びで歓声を上げた。素直な反応である。それにパナメラが不満そうに口を尖らせる。
「子爵が良いのならば伯爵の私も乗せてもらいたいものだが」
パナメラがそう言うと、トランは苦笑しながら首を左右に振った。
「申し訳ないが、今回は遠慮していただきます。まぁ、ヴァン子爵は純粋な好奇心で船を見てみたいと仰っておられるので、特別に許可するだけですから」
「むむむ……! 仕方ない……では、せめてヴァン子爵の安全の為にもう少し護衛を付けてもらいたい」
「ふむ、護衛ですか……従者としてのメイド程度ならば構いませんが……」
パナメラの提案に明らかにトランは躊躇いを見せた。機密を軍事関係者に見せたくないという気持ちが透けて見える。そして、女子供が見たところで機密は漏れないと思われていそうだ。
その侮りが、大きな間違いである。
心の内で考えていることは一切表に出さず、笑顔で答えた。
「分かりました! それでは、一緒にアルテ嬢やカムシン、ティルを連れて行きたいです! 皆、船に乗りたがっていましたから!」
小舟に乗り込み、海の上を進む。風はそうでもないのに、しっかり揺れる。船が小さいせいだろう。そして、乗り物に弱いカムシンが顔面蒼白でプルプル震えていた。
「ぼ、僕は、船に乗りたいなんて……」
小さな声でブツブツと呟きながら陸の方を名残惜しそうに見つめるカムシン。小舟と言っても船は長さ四、五メートルはある。先頭に立つトランには聞こえていないだろう。とはいえ、トランの部下である船員が五人も船に乗っている。左右に立つ男たちがオールで船の向きを調整し、船長であるトランが風の魔術を使って船を動かしているようだ。
船はカヌーのような細長い形状だが、よほどトランの風の魔術の使い方が上手なのだろう。波を切り裂くようにしてスイスイと海を進んでいる。
しかし、それでも揺れるものは揺れるのだ。
「多分、あの大きな船なら揺れは少なくなるよ。もう少し頑張ってね」
「う、うぅ……わ、分かりました……」
顔が青いカムシン、略して青カムシンは悲痛な声でそう言った。
それから五分から十分程度で大きな船のすぐ真下まで辿り着く。船は外洋を渡れるだけあり、近くまで来ると見上げるほど大きい。
「お、大きい……」
アルテが度肝を抜かれたように小さく呟く。隣には今回の護衛用に急造したアルテと同サイズのメイド型人形もいるが、不思議と操作するアルテと同じように動いている。
どうやって甲板まで上げるのかと思ったら、なんと甲板から四本のロープが降りてきた。船の左右四箇所に括りつける部分があり、クレーンゲームのように引き揚げられた。
この昇降も青カムシンには厳しいものだったが、なんとか撒き餌はせずに済んだ。その代わり、甲板に上がってからは端っこに座り込み、荒い呼吸を繰り返しながら遠くを見つめて動かなくなってしまう。
その様子に、トランが吹き出すように笑った。
「まだ子供だから仕方ないが、そんな状態で主人を守れるのか?」
そう言って笑うトランに、カムシンはプルプルしながらも立ち上がった。そして、剣を抜く。
「だ、誰が来ても、ヴァ、ヴァン様はおま、お守りし、ます……うっ」
カムシンは真剣な目でそう言った。だが、その足は生まれたばかりの子鹿のように震えていた。それに苦笑し、トランはカムシンの肩を叩く。
「無理するなよ、少年剣士。この船には敵はいない」
トランが優しくそう言うが、カムシンは剣を戻さなかった。
それを見て困ったようにこちらを見るトラン。それに苦笑を返し、口を開く。
「こう見えて、カムシンは凄い騎士ですよ。僕の頼れる護衛です」
そう告げると、トランはフッと息を漏らすように笑ったのだった。




