海洋国家の技術
ロッソの取り計らいにより、トランとの会談の場が設けられた。低いテーブルの前にロッソが座り、対面にトランが座る。それを囲むようにパナメラ、タルガ、僕が座った。
五人でテーブルを囲むと、最初にロッソが口を開いた。
「さて、まずは船についてだが、何か聞きたいことはあるかな?」
ロッソに話を振られて、パナメラが僕を見た。おお、一番に質問して良いのか。それは嬉しい。
そう思って、トランに向かって口を開いた。
「ヴァン・ネイ・フェルティオと申します。良かったら、船の構造について教えてください」
「船の構造ですか」
ざっくりとした質問に、トランは眉根を寄せて顎を引く。
「……図面を描くか何かせねば、説明が難しいですな」
そう言いつつ、トランは片手で頭を掻きながら説明をしてくれた。船は想像通りの形状であり、船首は細く尖っている。船体の中には倉庫や船室があり、甲板にはマストや舵輪が設置されており、舵は船底にある魚のヒレのようなものだ。
思ったよりも良く出来た設計で、舵輪を回すと歯車を使ってシャフトが回り、シャフトに掘られた溝を使ってヒレが左右に動いて船の進行方向を決めるようである。
更に、フィエスタ王国にはより大きな王族や議員用の船もあり、今は周辺の地図を作成しているところのようだった。
「他には陸地に辿り着きましたか?」
「ふむ。小さな無人島には幾つか辿り着きましたが、こういった大きな国には初めて辿り着きました。我がフィエスタ王国は長年……約百年以上は外からの漂流者がいない状態でした。しかし、過去の漂流者からの言葉により、フィエスタ王国の周囲に広がる海の向こうに大きな国が幾つもあるということは理解していました。だからこそ、我々第一艦隊から第五艦隊までの船長がそれぞれ別方向に船を出したのです。ロッソ侯爵閣下より地図を見せてもらいましたが、恐らくイェリネッタ王国はともかく、ソルスティス帝国には到着していないかもしれません」
トランはそう言って、フィエスタ王国の状況についても説明してくれた。国を守る為か、どこに島があるかは教えてくれなかった。しかし、地図を見てどの国に着くかという話を聞く限り、なんとなくだが場所は分かった。恐らく、ソルスティス帝国からはかなり遠い。イェリネッタ王国にはもう到着しているかもしれないが、ソルスティス帝国には辿り着かずに戻ると思われた。
「あ、あの、どうやって船を動かしているのかとか聞いても良いですか?」
軍事機密だろうが、我慢できずに質問した。意外にも子供が好奇心を持っている程度に思われたのか、トランは簡単に説明してくれる。
「我々が扱う船は一隻につき三十名から四十名で動かしていますね。王や議員が乗る大型船は五十名以上で動かします。船員の役割は舵取り、航海士、甲板員などですね。後は船の向かう先や方針を決める船長ですが、船を実際に動かしているのは舵取りと甲板員です。甲板員が海底に沈めた錨を上げ、帆を張り、舵取りが方向を合わせる。後は、船長か航海士のどちらかが風の魔術で船の速度を決めます」
「風の魔術で?」
さらっと言われたトランの言葉に驚いて口を挟む。すると、トランは目を瞬かせて頷いた。
「それは、もちろん……普通は船長は風の魔術師でなければなりませんが、スクーデリア王国では違うのですか」
そう言われて、成程と考えを改める。自然の風を使って移動する必要などないのだ。そう考えると、帆船の有用性は蒸気船を超える可能性すらある。なにせ、燃料が不要になる上に、魔術師次第では速度も自由自在だ。交代制にすれば延々と最高速度で航行する大型船も夢ではない。
「これは、予想以上のものだね」
小さく呟き、頭の中で情報を整理する。その間に、パナメラやタルガもトランに質問をしていた。
「フィエスタ王国の軍事力とはどれほどのものか」
「それは、申し訳ないが機密でして」
「船にはどんな攻撃用の設備が?」
「それも、申し訳ないが話すことはできません」
二人は軍事的な目での質問をしていき、全て答えが得られずに終わっていた。まぁ、二人ともそれは予想済みだったらしく、残念そうながらもすぐに引いている。
「そうか。そういえば、フィエスタ王国は島内での覇権争いに勝ったと言っていたな。トラン殿、フィエスタ王国とはかなりの領土を誇るのではないか?」
幾つも国があるという情報を聞き、パナメラはかなり大きな島国だろうと踏んだようだ。トランはその質問に軽く首を捻りながら唸り、テーブルの上に広げた地図を見た。
「恐らく、大きさはこのスクーデリア王国やイェリネッタ王国の半分程度かと……我々も海の外側にこれだけの国々があるとは思っていなかったので驚きました」
苦笑交じりにそう答えたトランに、パナメラは頷いて応える。
「しかし、あの船は驚異的だ。魔術の有効範囲を超える長距離の攻撃方法があるなら、フィエスタ王国はどの国と戦っても互角以上の成果を出すことが出来るだろうな」
「……さて、どうでしょうかね」
パナメラの口にした言葉に、トランは不敵な笑みを浮かべて肩を竦めたのだった。




