来客?
次の日、僕は慌てた様子の村人達の来訪により、起床した。
「朝、早いんだけど……まだ、陽も昇りきってないんだけど……」
ふらふらしながらそう言うと、ティルが僕の頭の寝癖を必死に直しながら頷く。
「申し訳ありません。ロンダさんを含め、大勢の方が慌てた様子でしたので……もうディー様、エスパーダ様も現場へ向かっております」
「現場って?」
「先日お造りになった、ヴァン湖です」
「え、何その名前?」
え、何その名前?
僕は心からそう聞いた。
「ヴァン様の偉業を讃え、後世に残すべく名付けをしたそうです。ちなみに、村の名前もヴィレッジ・ヴァンと……」
「やめて、本当。なんか色々ヤバい気がするから」
そんなことを言いつつ、僕は急いで準備して館から出る。外には慌てた様子の村人Aが青い顔で待っていた。
「ヴァ、ヴァン様! さぁ、こちらへ!」
そう言って、村人は走り去っていく。馬鹿者、置いていくでないわ。
渋々、早歩き程度の移動速度で後を追う。村人は村から出て、外側を回り込むようにして走っていった。
うん、今度裏側にも出入り口を作ろう。わざわざ裏側へ回るのは面倒だ。
決心を固めつつ、僕達は湖へと向かった。
そこには手の空いた村人達もわらわら来ており、奥にはディー達やエスパーダ、よく見たらオルト達までいた。
「何があったの?」
そう言って顔を出すと、皆が僕に気が付いて道を空けてくれた。
そして、目の前に陽の光を反射する湖が広がる。自分で作っておいて何だが、中々広い湖だ。
だが、見慣れないシルエットが湖面にある。
丸い頭らしきものがぴょこんと顔を出している。
「なに、あれ」
僕がそう口にすると、エスパーダが口を開いた。
「……恐らく、半人半魚の亜人、アプカルルと思われます。深い森の美しい川に棲むとされる存在、あまり目撃されない種族です」
「アプカルル? ふぅん、聞いたことないなぁ」
そう答えつつ、僕は湖のふちまで移動する。
よく見ると、子供っぽい感じである。真っ青な髪は神秘的で、肌も少し浅黒い。目は黒だ。長い髪の隙間から魚のヒレに似た耳が突き出ていた。
「君の名は?」
そう尋ねてみるが、アプカルル君はなにも言わない。もしや、言葉が通じないのか。
とりあえず、友好を示すために餌付けでもしてみるか。
「ティル、カムシンと一緒にお肉取ってきて」
「はい!」
二人が良い声で返事をして、素早く走り去る。しばらくアプカルルと睨めっこしていたが、やがて肉の塊を手に走ってきたティルとカムシンに、微妙に反応を示した。
「お腹空いてるのかな」
それならばチャンスである。僕はカムシンから肉の切れ端を受け取り、アプカルルに手を振った。
すると、アプカルルは徐々に近づいてくる。
「お、おぉ……」
息を飲んで成り行きを見守る村人達。
ディーやオルトがそっと剣の柄を握るのが見えたが、僕は気にせずアプカルルを呼び続ける。
と、アプカルルはもう目と鼻の先ほどの距離に来た。
お互いが手を伸ばせば届くだろう距離で、僕は肉を差し出す。
湖面から肩まで出して、アプカルルは肉の前に鼻先を持ってきた。すんすんと匂いを嗅ぐアプカルルに、敵意は無さそうだ。
近くで見ると、人間によく似ていた。目は普通より大きめで、鼻は小さい。顔は少し丸顔か。大きな違いはやはり耳だろう。後は、首にエラらしき溝が薄っすら見えた。
「……食べていい?」
「おぉ! 喋った!」
可愛らしい声を発したアプカルルに、僕は思わず驚愕して声を張り上げてしまった。
途端、アプカルルは水の中に潜ってしまい、また湖の奥の方で顔を出す。水中の移動が信じられないほど速かったが、まぁでかい魚みたいなものなのだろう。
アプカルルはすっかり警戒してしまったのか、湖面から顔半分だけを出して僕を見ている。
眉根が寄っても顔が可愛らしいので怖くない。
「ごめんよー。ほら、おいでおいでー」
もう一度呼んでみる。だが、ぷいっと顔を横に背けられてしまった。
機嫌を損ねてしまったか?
「ティル、果物とかある?」
「はい、すぐに持ってきます!」
第二の策、甘いものは別腹作戦実行である。
こういった辺境ではお菓子なんて代物はお目にかかれない。だから、甘い果物は大人気だ。
まぁ、砂糖なんて高級品を使えるのは貴族だけだからな。あとは仕入れている商人くらいか。
そういった状況だから、お菓子の文化はあまり進んでいない。一般の民にも砂糖やバターなどの菓子材料が普及すると菓子の種類もそれだけ増えるだろうけど。
個人的にはバターたっぷりの焼き菓子が食べたいが、中々叶えることは難しいだろう。
と、話は逸れたが、つまるところ余程の金持ちか貴族でないと、美味しいお菓子なんて食べられないということだ。
なので、たった今ティル達が持ってきた甘い果物を並べてアプカルルを呼ぶと、その結果はすぐに出た。
顔半分を湖面に出したアプカルルが、目を輝かせて徐々にこちらへ来る。
「肉が良い? 果物が良い?」
そう尋ねると、アプカルルは眉をハの字にして黙り込み、やがて顔を出して口を開いた。
「お肉食べて、果物食べる」
「はいはい」
笑いながら、僕は肉の切れ端を差し出した。
すると、アプカルルはそっと肉を受け取り、また少し離れて口に入れる。
直後、目を見開いてこちらを見た。こちらを見ているが、肉を夢中で食べている。
数秒で肉を食べ終わったアプカルルは、少し険しい顔になって僕達をジッと眺める。ディーやオルト達の顔も確認しているようだった。
「……このお肉……」
もの言いたげに呟いたアプカルルに、首を傾げて答える。
「アーマードリザードの肉だよ。もう傷みそうだから、明日以降も食べたいなら干し肉であげるけど」
と伝えると、アプカルルは目を見開いてカムシンが持つ肉の塊を見る。
「……誰が狩ったの?」
その問いに、僕は首を傾げて周りを見た。誰だ? バリスタを扱った全員か?
そう思って皆の顔を確認しようとしたのだが、皆が一様に僕を見ていた。
そして、誰ともなく口を開く。
「ヴァン様だな」
「ヴァン様です」
「ヴァン様のお力でしょうな」
口々に僕の名前が連呼される。
「いや、バリスタでしょう」
そう言ってみたが、結局僕がやったことになった。犯人に仕立て上げられた気分である。
「僕が倒したらしい」
仕方なくそう供述すると、アプカルルは大きな目を瞬かせて僕の顔をまじまじと見る。
そして、小さく口を開いた。
「……そう」
それだけ言って、アプカルルは僕の手から果物を受け取り、湖の中へと消えたのだった。
「……ん?」
疑問符を上げて振り返るが、誰もが首を捻って眉根を寄せていた。
翌日、またもや気持ちよく寝ている僕のもとにティルが走ってくる。
「ヴァ、ヴァン様ぁっ!」
「なにごと!?」
扉を豪快に開け放ったせいで、僕は寝ぼけたまま飛び起きた。ティルは自分の行った無礼に冷や汗を流しながらも、土下座のような体勢で頭を下げる。
「も、申し訳ありません! 何者かの襲撃という連絡があり、慌てて……!」
「襲撃……?」
「は、はい! 敵勢力は今は堀で止まっているとのことでして……!」
「むむ、危険だね。バリスタでも退かない相手ってことかな」
そんなやり取りをしながらも、僕は華麗にティルに着替えさせられている。
ものの数十秒で着替え終わり、「さぁ、行くよ」と言いながら部屋から出る。
僕の村を襲撃するとは、良い度胸だ。
叩き潰してやるぜ!
そう思って防壁の上に駆け上がり、堀を見下ろして唖然とする。
堀や水路には所狭しとアプカルル達が並んでいたからだ。
「……アーマードリザードがアプカルルの神さまだったなんてことは無いよね?」
ティルに顔を向けてそう尋ねると、ティルは困ったような顔で首を傾げたのだった。
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