この世界での海の常識
アローから話を聞いてすぐに帰宅を決意した。まずはセアト村に帰らなくてはならない。そうしなければ船を見に行くことが出来ないのだから仕方がない。
「ヴァン……用事が済んだら絶対に戻ってきておくれよ?」
別れを惜しむムルシアに笑顔で頷き、元気よく手を振った。
「はい! また来ます!」
「は、ははは……楽しそうで何よりだよ」
ムルシアは困ったように笑いながらそう言ってくれた。サンキュー、ブラザー。
こうして、予定よりもかなり早く城塞都市ムルシアの改造を切り上げ、僕たちはセアト村へと移動した。
「急ぎで王都へ向かわなければならないのだがな」
パナメラは義務的な感じでそう言ったが、全く止める気はないようだった。むしろ、一緒に船を見に行こうと旅の準備をしているくらいである。
一方、僕の方も戻ってすぐにエスパーダ、ディー、タルガを集めて会議を開く。
「イェリネッタ王国の隠し財宝は発見。本来なら、王都にいらっしゃる陛下へ報告に向かうべきですが……」
事情を聴いたエスパーダが渋い顔でそう呟くと、ディーが笑いながら首を左右に振る。
「本来ならばもう一か月以上は掛かっていた筈。多少回り道をして王都へ向かっても問題ありますまい」
ディーのその言葉に、エスパーダは何も言わずタルガが口を開く。
「……大陸間を渡ることが可能な船。もしそれが本当ならば、これからの戦を変えるほどの事態です。ヴァン様が直接確認しておくことは陛下もお望みのことではないでしょうか」
タルガがそう告げると、ディーが深く頷いた。
「ふむ、確かに! タルガ殿の意見に賛成しよう!」
ディーが同意を示すと、黙考していたエスパーダも顔を上げる。
「……そうですな。海からの脅威。これに関しては先んじて調査し、それらも併せて陛下へご報告するのなら問題ないかもしれません」
エスパーダはそう口にすると、すぐに立ち上がり、会議室に設置してある大陸の地図を確認する。
「ヴァン様。先ほどのお話ではスクーデリア王国東部にある都市、トリブートの近くにある海岸線に船が現れたとのことでした。こちらの地図では確認できませんが、中央大陸はこのグラント大陸に比べて南北に長い形状をしていると聞いたことがあります。ならば、大陸の中部から北部にかけて領土を持つスクーデリア王国に向けて船を出したのは、ソルスティス帝国ではないのかもしれません」
「え? 中央大陸の殆どをソルスティス帝国が支配しているんじゃなかったっけ?」
エスパーダの言葉に素朴な疑問を投げかけた。それに頷き、エスパーダが地図の先を指差す。そこは海のど真ん中だ。
「そもそも帝国が危険を冒して船を出す利点はありません。イェリネッタ王国に兵器を売って裏で操るような行動を見せていたのです。それを考えると、こちらへ侵攻するのに海を渡る危険を冒すよりも大陸北部を通って大軍を動かした方が良いでしょう。ならば、その海を渡ったとみられる船は別の国の可能性が出てきます」
そう言って、エスパーダが地図の端を越えたところに大きな丸を描いた。
「……大陸の大半を帝国が支配しているから、他の地に行く場合は海を渡る必要があるってことかな。確かに、強大な国の中を縦断して別の大陸に向かうのは難しいだろうけど」
エスパーダの予想は、帝国からの支配を逃れる為にリスクを承知で海を渡るという選択をした国や組織があるというものだ。しかし、それはどうだろうか。
「……帝国はどちらかというと国を占領して運営するという手間は取らずに、利益だけを得ようと動いている気がするんだよね。お金稼ぎが上手な商人って感じかな? だから、属国になれば色々と働かされたり買わされたりはするけど、国を捨てて逃げ出さざるを得ないほどの締め付けはしなさそうだよね」
自分なりの考えを述べると、タルガが目を丸くしてこちらを見た。ディーは口の端を更に釣り上げている。そして、エスパーダは珍しく驚いたように僅かに目を見開いた。
「…………なるほど。それこそが、ソルスティス帝国の性質の根幹ということですな。ヴァン様のそのお考えは大変興味深いものです。ならば、船に関してはどう考えておられますか?」
エスパーダに質問されて、無意識に笑みを浮かべる。
「それは勿論、帝国か別の国かは分からないけど、高確率で海を無事に渡ることが出来る船が開発されたって思いたいかな。だって、その方が面白いし」
そう告げると、エスパーダは目を細めて顔を上げる。
「……まるで、神話に登場する神々の乗る船ですな。しかし、確かにそのような船が作られたとしたら、それは世界を変えるほどの発明でしょう。これに関しては、大変恐縮ながら私も興味があります」
呟き、エスパーダが地図上にあるトリブートを見つめた。
「もし可能であれば、私もその海を渡った船を見に同行してもよろしいでしょうか?」




