捜査令状
予定していなかった状況だと困惑していると、エアハルトは表情を切り替えてこちらに向き直った。
「さて……すでにこちらは話を聞き及んでいるが、我が王家が私財を隠している、といった疑惑があるようだが……」
「その通りだ」
そう答えて、パナメラが一歩前に出る。
「イェリネッタ王家が私財を報告せずに隠し持っているという情報だが、これは確かな情報だ。故にこのような強硬策に出させてもらった次第だ」
「……さて、我が王家の所有する城や館は全て調査されたはずだが、別の街にある館でも調査する気かね」
パナメラの言葉にエアハルトは不思議そうにそう答えた。まるで、疑われること自体が信じられないとでもいった風だ。自然で演技にも見えない。
しかし、我々の持つ情報源への信頼はその程度では揺らいだりしない。フレイトライナ王子のあの怯えっぷりが嘘ならば主演男優賞ものの演技だ。
それはパナメラも同意見だったらしく、真正面からエアハルトの目を見返して答えた。
「いえ、そんなに遠くへ行く必要はありません。エアハルト・アスバッハ・イェリネッタ王……我々が調査するのは、この王都にある大聖堂の地下ですから」
微笑みを浮かべてパナメラがそう告げると、エアハルトの頬は確かに引き攣った。僅かな変化だが、明らかに本人にとって良くない返答だったのは間違いない。そして、多くの貴族たちも居合わせていただけに、何人かが驚きの声を上げてしまっていた。
「ば、馬鹿な……!」
「なぜ、その場所が……」
そんな声を聞き逃すほどパナメラは甘くない。
「おや? 王家の隠し財産かと思いましたが、王族以外の者も関与して隠匿していた財でしたか」
興味深そうにパナメラが呟くと、途端に広間に静けさが戻る。水を打ったようになった空間で、パナメラは鼻を鳴らして首を左右に振った。
「それでは、我々と同行する者を一人選んでもらいましょう。中を案内出来る者が良いですが、どなたが同行しますか?」
パナメラにそう尋ねられて、エアハルトは深い溜め息を吐いて顎を引いた。
「……我が息子、コスワースが同行しよう」
エアハルトがそう告げると、奥から一人の大柄な男が姿を見せる。身長が特別高いわけではないが、肩幅が広くがっしりとした体形をしている。服の上からでも分かるような筋肉の隆起を見て、思わず鍛えてなくてごめんなさいと謝りそうになるくらいだ。
そして、外見で最も特徴的な部分がもう一つあった。顔の半分を覆う白い布だ。
「コスワース殿下。これはこれは……戦場でお会いした以来、と言うべきですかな?」
パナメラがそう尋ねるとコスワースは濃い緑色の髪をかき上げて忌々しそうな顔をした。そして、パナメラと一緒に片方だけの目で僕のことも睨んでくる。
「……コスワース・イェリネッタだ。案内しよう」
コスワース一人が前を歩き、その後をパナメラと一緒に付いていく。僕達の後ろにはディーやマカンをはじめ騎士団の面々が列を作っているので怖くはない。
コスワースが肩を怒らせて歩いているがビビってなんかないもんね。
そんなことを思いながら暫く進んでいると、王城と北の城門の間ほどにある大きな丸い建物に辿り着いた。
楕円を半分に切って立てたような形状が三つ重なっている、不思議な建物だ。これが教会なのだろうか。
「こっちだ。中は狭くなっている。入るのは十人までにしてもらいたい」
コスワースがそう告げると、パナメラはすぐに人員を絞った。もちろん、その中には僕とディー、更にカムシンも入っている。後はパナメラの部下たちだ。
正面の横に広い両開き扉を開けて中に入ると、薄暗い室内に簡素な長椅子が幾つも並んでいた。そして、一番奥には司祭らしき白いローブの男が立っている。
「おや、これはこれは……」
男は柔和な微笑みを浮かべてコスワースを見る。
「……司教。地下への扉を」
コスワースがそう告げると、司教と呼ばれた男は一瞬で笑みを消してこちらに視線を向けた。
「……分かりました」
先程までの雰囲気が一変したことに若干恐怖心を持ちつつ、気合を入れて目を逸らさずに堪える。すると、司教は僅かに眉根を寄せて細い息を吐いた。
「それでは、皆さま動かずに……」
司教はそう言うと、壁の方へ移動していく。コスワースが一歩下がると、それに合わせて我々も下がった。何が起きるのかと様子を見ていると、司教が壁の何かを操作する。直後、壁の向こう側で何かが動く音が聞こえた。
そして、長椅子が載る床の一部が音を立てて消えた。薄暗くて見えにくいが、床が地面の下に下がったようである。
「皆さま、足元にお気をつけください」
司教がそう言うと、コスワースが片手を挙げて前にでた。
「……それでは、先に我から行くとしよう」




