ガサ入れ前の挨拶
「これはこれは、イェリネッタ王国の国王陛下自らの出迎えとは……恐れ入る」
パナメラは笑みを浮かべてそう口にしながら一礼した。とても綺麗な儀式的な一礼だが、パナメラの表情を見て人々は顔を引き攣らせた。
痛烈な嫌味を受けたが、イェリネッタ王は特に動じた様子もなく頷いている。
小柄で細身な初老の男だが、その眼光は妙な力強さがあった。
「我がイェリネッタ王国はスクーデリア王国の属国となった。それが事実だ……だが」
イェリネッタ王は冷静にそう呟き、一旦言葉を切って顔をあげた。
「属国となろうとも我は大国イェリネッタ王国の国王、エアハルト・アスバッハ・イェリネッタである。宗主国の上級貴族とはいえ、そのように軽く扱われては困るな」
エアハルトがそう名乗り、王としての威厳を見せつけると、周りの王族や貴族らしき男女が感嘆の声をあげた。それはパナメラも同様である。
片方の口の端を吊り上げて、獰猛な笑みを浮かべる。
「これは失礼……それにしても、陛下の牙は健在そうで何よりです。そうでなくては面白くないですから」
そう告げて、その場にいる全員の顔を順番に眺めていく。パナメラの眼光はハイビームより眩しいのか、半数以上が目を逸らしていた。
いや、もうマフィアの縄張り争いくらい怖い。なんだ、この緊迫感。隣にディーやカムシンがいなかったらチビってしまうレベルだ。十歳だからチビっても笑われないよね?
そんなことを考えていると、エアハルトがこちらに目を向けてきた。
「……ヴァン子爵も、よろしく頼む」
「あ、お手柔らかにお願いします!」
突然話しかけられてしまったが、ピシッとした挨拶を返した。偉い。
「……こんな少年が……」
「スクーデリアの悪魔、か……」
「見た目に騙されてはいかんぞ」
と、ヒソヒソと何か恐ろしい会話が聞こえてきた。いや、聞こえてますけどーっ!?
誰が悪魔だ、誰が。この見目麗しくも儚げな天才少年ヴァン君のどこが悪魔か。ちょっと尋問してやりたいくらいである。怒りを胸に口を尖らせて大人達を睨んでいると、パナメラが笑いを堪えきれずに肩を揺らしてクスクスと声を発した。
「私も色々と変な名を付けられてきたが、少年も仲間入りだな? 今後は悪魔少年と呼んでやろうか」
「絶対にだめです。色んな意味でだめです。その呼び方は怒ります」
パナメラの冗談にしっかり釘を刺す。方々に謝らなくてはいけなくなりそうな二つ名は勘弁してもらいたい。
あまりにきっぱり言ったからか、パナメラは珍しく目を丸くして驚いていた。
「む、そう怒るな。冗談だ。そういえば、少年は別に武功で成り上がりたいわけではなかったな。悪かった」
勘違いしたパナメラは苦笑しながら謝ってくれた。実際に怒っているわけではないが、珍しくパナメラに精神的優位に立った気がする。
「まぁ、謝るなら許してあげます」
「おぉ、安心したぞ」
あくまで謝罪を受け入れる側として振る舞うと、パナメラは笑って答える。
それを見ていたイェリネッタ王国の王侯貴族の面々は再び顔を見合わせて小さな声で会話を始めた。
「……公の場で伯爵が子爵に謝罪をしたぞ」
「どうやら、あの見た目に惑わされてはいけないようだ……」
「……あれが、スクーデリアの悪魔か……」
「その呼び方やめてほしいんですけど!?」
ヒソヒソと悪魔だのなんだの言われて思わず文句を言ってしまった。すると、後ろでヒソヒソ言っていた貴族らしき人達が頭を下げた。
「も、申し訳ありません」
「これは失礼を……」
「お許しいただきたい」
謝罪をする大人達。その様子をみて、流石に可哀そうになって謝罪を受け入れる。
「……許すのは今回だけですよ。そもそも、僕のどこが悪魔なんですか。悪魔に見えます?」
腰に手を当ててそう尋ねると、代表してエアハルトが苦笑と共に口を開いた。
「いや、家臣たちが申し訳ない。火砲や黒色玉を手にしてから我も含め、多くの者が自国の力を過信してしまった。我が王国が負けることを想像していなかったのだ。それが、突然現れた幼い貴族の妙な戦術で真正面から突破されてしまった……これは、我が国だけでなく周辺諸国にとっても大事件だ。悪魔という呼び名は少々不吉かもしれんが、それだけ脅威だと思われたのだ」
「むぅ……」
思わず、フォローにならないフォローに不満げな声を出してしまった。そんな僕を見て、エアハルトは思わず苦笑する。
「いや、悪意はないとだけでも受け取ってもらえると助かるが」
「……承知いたしました。謝罪を受け入れましょう」
国王陛下に言われては仕方ない。きちんとした態度でエアハルトの謝罪を受け入れる。
……あれ? 何故か僕が一番偉い人みたいな空気になってない?




