挿入話 タルガの勉強
結論から言おう。タルガは優秀だった。いや、もとから優秀だろうとは思っていた。なにせ、陛下から重要な防衛拠点を任されていた人物だ。ただ武勇に優れるだけではないだろう。
もちろん、能力値を数値化するとしたら魔術が三十、剣術五十、貴族力が十、領主力が十という割合だろうが、それでも思っていたより理解力が高い。いや、領主力というのが何なのかと言われると答えられないが。
「ヴァン様、これらの施設はどうしてこのような配置にされたのですか?」
「これですか? 人と物流の動線を意識しました」
「動線、ですか」
タルガは僕の言葉の一部を反芻しながらセアト村観光マップを眺めている。最近はイェリネッタ王国との戦争のせいもあり、遠方から行商人や貴族家の人や騎士団が多数来村した為、今後の為にセアト村案内図を作ったのだ。左上に可愛らしくデフォルメされたアプカルルの子供のイラストも描かれている。
その地図を指差して、簡単に村の造りを説明した。
「領主の館は中心にあって、まずは街道からの正面にあたる城門周辺に商店や宿を集中させています。ウルフスブルグ山脈で冒険者の人たちが狩った魔獣の素材や資材もあるから、大きな倉庫も出入口付近に置いていますね。後は、商店や宿屋の後ろに関連する住居や倉庫を置き、道を挟んで鍛冶屋や大工、仕立て屋などの区画があって、更に奥に移動するとドワーフの炉もあります。反対側は住民達が住まう居住区などがあり、裏側には大きな湖を作って干ばつにも備えています」
「湖も作ったのですか?」
「はい、そうなんですよ。アプカルルが住みたいというので、わざわざ船も入る家まで作りました」
「なるほど……ドワーフの炉にしてもそうですが、住民達が望むものを用意することでここまでの急激な発展を……」
「え? 望むもの……」
タルガの感心したように言われた台詞に、思わず首を傾げる。そういえば、これが欲しいあれが欲しいと言われるままに色々作ってきた気がする。これは領民を甘やかし過ぎているのかもしれない。そういえば、生活水準が王都よりも豊かになった気がするのに、税金についても減税したままだ。というか、ベルランゴ商会からの納税が多すぎて忘れていた。
そう考えていくと、セアト村の生活水準はとんでもないと今更ながらに思う。
まず、セアト村に永住するなら住居が無料。一世帯ごとに家が建ち、家具や生活雑貨もベルランゴ商会が格安で販売している。少し良いものや珍しいものを買いたければメアリ商会や商業ギルドからの販売もある。衣料品も同様だ。
さらに、最低限の食料類も格安で販売している。高級食材も他の領地よりはかなり安いだろう。しかも一か月に一回くらいのペースでバーベキュー大会が開催され、高級肉とパン、果実酒などが無料で楽しめるのだ。
もう一つ付け加えるなら職にも困らない。他の領地ではやばいくらいの失業率を誇る領地がいくらでもあるが、我がセアト村では人手が足りなくて困っているくらいである。冒険者の町も含めれば四千人規模にまで拡大した人口だが、騎士団の人数も足りていないしベルランゴ商会の商人の数も全く足りていない。いや、ベルランゴ商会は勝手に自爆している感じだが、それでも計算が出来る者や商人の経験がある者をどんどん雇い入れているのに全く足りていないのだ。
まぁ、今やベルランゴ商会はセアト村に大型店舗四店舗、宿を二店舗運営し、同様に冒険者の町でも店を四店舗、宿を二店舗運営している。今後は城塞都市ムルシアと城塞都市カイエンでも店をそれぞれ一店舗運営しなくてはならないのだ。素材の買い取りも行っている為、魔獣の素材切り分けができる店員も必要となる。
むしろ、そんなに店を出してお客の方が足りるのかという話になるが、現在知名度が急上昇中のセアト村には多くの行商人や冒険者が訪れている。一番儲からないと言われる一次産業の従事者ですら人手不足になるほどである。まぁ、セアト村の場合は農業ギルドと称して収穫から加工、販売まで一つの団体で行っている為、一次産業の従事者も商人と同等の収入を得ている部分が大きい。
収入がしっかりと安定して、尚且つ作れば作るほど売れるとあれば汗水流してでも働きたくなるだろう。しかし、求職者はそれほど来てくれていない。
何故ならば、他の仕事も人が足りていないからだ。鍛冶屋も大工も人が足りていなければ、仕立て屋も飲食店の店員すらも足りていない。実は衛兵や騎士団の募集だけでなく、景観維持の為の清掃員なども求人を出しているが、そちらもあまりきていない。
いや、そう考えるとかなり過酷な環境なのかもしれない。
現在のセアト村に住む住民達の生活を顧みて、僕はそう思い直した。なにせ、忙しさがブラック企業並みなのだ。そう考えれば忙しさの分だけ豊かな生活が出来るのは公平だと言える。
「……セアト村の人たちは皆すごく頑張っていますからね。毎日必死に働いているんだから、皆が喜んでくれるものくらいは作ってあげたいですね」
しみじみとそう口にすると、タルガは目を見開いて何度も頷いた。
「……なるほど。それが、ヴァン様の領主としての気持ちですね。良い勉強になりました。私も、その気持ちを忘れずに精進いたしましょう」
タルガは真剣な顔でそう言って頷いている。まぁ、何か学びになったのなら良かったと思うべきか。




