【別視点】 城塞都市カイエンの防備
【ゼトロス】
「後は城塞都市の要である防衛設備だな」
パナメラのその発言により、城塞都市が完成したばかりだというのにヴァンは毎日城壁の上を行ったり来たりすることとなった。街の管理者として多忙な日々を送る我々の中にも「流石にヴァン様を働かせ過ぎではないだろうか」と心配する声が相次いでいる。
かくいう私もヴァンへの負担が大き過ぎると感じていた。
「いくら同盟相手で爵位が下であるとはいえ、ヴァン様は子爵級の貴族家当主。あまりにもご無理をさせてしまっているのではないでしょうか」
見かねてそう進言をしたが、パナメラは首を左右に振って否定した。
「少年には悪いが、この地は有事の際には最前線の防衛の場となるだろう。早いに越したことはない。その代わり、少年が困った時は私は全力で助力する。分かりやすいだろう?」
パナメラが笑顔でそう告げると、それを横で聞いていたヴァンが片手を挙げて抗議する。
「労働には対価が必要です! 甘い物も要求します!」
「仕方ない。とっておきの菓子を準備してやろう」
「わー!」
パナメラが苦笑しながらヴァンの要求に応じると、ヴァンは子供らしく両手を挙げて喜んだ。その光景を見る限り、この程度のことで二人の関係性が変化することはないのだろう。歳は離れているが、まるで実の姉弟のような二人だ。そんな感想を抱いた。
その後、ヴァンは僅か一週間で城壁の上に五十台もの大型の弩を設置していき、その横には矢を保管する為の倉庫まで作っていた。そのことに感謝し、防衛設備の出来を褒め称えたうえで、パナメラは更に追加で要求を口にする。
「バリスタの代金を値切っても良いか」
「ダメです。矢の代金も据え置きですよ!」
パナメラは出来たばかりの五十台目のバリスタに片手を置いて笑顔でそんなことを言った。
流石に欲を張り過ぎだろう。ヴァンが両手を交差させて体全体で却下という意思を伝えたが、それは街の管理者である我々も同様だった。これ以上の協力依頼は追加で白金貨数百枚を支払うべきだが、そんな予算は無いのだ。
「パナメラ様、あまりにも無理を言い過ぎです」
「ヴァン様のご厚意に甘えるのもここまでといたしましょう」
トマスとバラットが慌ててパナメラの暴挙を諫める。パナメラはそれに不服そうに腕を組んで溜め息を吐いた。
「このバリスタの威力を実際に目にしたことはあるのか?」
「い、いえ、ありませんが……」
パナメラの言葉にトマスが代表してそう答える。それに鼻を鳴らして笑い、騎士団長へ顎をしゃくってみせた。
「マカン、試射しろ」
「はっ」
簡潔なやり取りをして、マカンがバリスタの前へ移動する。操作方法はすでに承知しているのか、素早く矢を装填して準備を始めた。
「目標はあちらの木だ。少々遠いが、なんとか当ててみせろ」
「はっ」
パナメラは何でもないことのように指示を出し、マカンも即座に応じたが、指し示した先にある目標はかなり遠くにあった。弓など届くはずのない距離だ。攻城兵器として作られたバリスタであっても届けば良い方である。それを当てろというのだから恐ろしい。
そう思って様子を見ていたのだが、マカンはすぐに準備を終えて狙いをつけた。
「……発射します」
「よし」
パナメラの合図と同時に、バリスタが鋼鉄の矢を発射する。音で叩かれたかのような衝撃と轟音が体を揺らし、射出された矢は真っすぐに目標めがけて飛んでいった。
しかし、徐々に矢の向かう先は目標からズレていく。勢いが失われて落下することを考慮して少し上を狙ったことも影響したのだろう。なんと、重い鋼鉄の矢は遥か遠くの目標を通り過ぎ、別の樹木に命中してしまった。
根元に命中して大きな木が倒れていく様子が遠目でも分かり、衝撃を受ける。
「……目標を間違えたか?」
「いえ、狙いを外してしまっただけです。申し訳ありません」
「まぁ、慣れないから仕方あるまい。今後は騎士団の訓練科目にバリスタの照準、発射訓練を加えておけ。矢は必ず自作で鉄の棒を準備して発射するように」
「承知いたしました」
二人は淡々とバリスタの試射に対する結果と今後の方針を話し合い、決定する。しかし、初めてバリスタの威力を見た我々はそれどころではない。
「……なるほど。あれは脅威だな」
「火砲もそうだが、同様に魔術師も簡単には戦場に出せなくなるではないか」
ベルビールやビルトはイェリネッタ王国の視点から見ていたのか、小さな声でバリスタの脅威を話し合っていた。確かに、正面から当たれば間違いなく粉砕されてしまうだろう。一方的に攻撃されるのだから勝負にもならない。
我々の反応を見て、パナメラは両手を広げてみせた。
「どうだ? このバリスタ、もっと欲しくないか?」
パナメラの問い掛けに、ベルビールがすぐに同意した。
「はい、欲しいです」
「そうだろう」
部下の同意を得て、パナメラは笑顔でヴァンを見つめる。
「追加の場合はバリスタ一台で白金貨五枚ですよ!」
「ぐ……! 高いぞ、少年……!」
部下一人の同意くらいでは融通してもらえなかったらしい。ヴァンはあっさりと追加の費用を提示した。とはいえ、バリスタ一台が魔術師一人に匹敵すると考えればそれでも格安だろう。
「パナメラ様、あまりご無理は言われないようになさってください」
そう告げると、パナメラは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。その顔を見て、ヴァンは苦笑しつつ口を開く。
「……もう、仕方ないなぁ。それじゃあ、また来た時にバリスタを十台作りますよ」
ヴァンがそう口にすると、パナメラは疑うような視線を向けた。
「本当か? 無料か?」
「無料ですよ」
「馬車に載ってるやつもか?」
「移動式ですか? それは、まぁ一台だけなら……」
「よし!」
ヴァンが困り顔で了承すると、パナメラは嬉しそうに両手を合わせて頷いた。
「皆も聞いたな? ヴァン子爵の公約だ。楽しみに待つとしよう」
そう言って嬉しそうに笑うパナメラに、ヴァンは再び苦笑を浮かべる。その表情は不思議と大人びていて、この瞬間だけヴァンが兄でパナメラが妹のような関係なのではないかと錯覚した。
その感覚のせいか、改めてヴァンが作り変えた街並みを眺めてみると見方が違ってくる。
美しくも機能性を有し、洗練された城。見た目だけでなく、流通の効率化や四方への防衛のしやすさに加え、きちんと住民が暮らしやすく設計された街並み……それらは、ただ本を読むだけでは身に付かない他者への配慮、気遣いなどもあるはずだ。
新しいものを生み出す発想力はもちろんだが、それらの部分を含めてとても十歳程度の子供の考えとは思えない。天才だからなどという言葉では到底納得できないものである。
「……ヴァン様は、もしかしてエルフの血を引いていらっしゃるのでしょうか?」
無意識にそんな質問を口にしてしまっていた。それに、ヴァンは噴き出すように笑って答える。
「エルフですか? いやいや、いくら何でも褒め過ぎですよ~。ふふふ」
「ヴァン様、見た目の話じゃないかもしれませんよ!」
「え? 褒められたんじゃないの?」
「褒められてはいるかと思いますが……」
照れるヴァンと勘違いを正そうとする従者達がそんな会話をした。それをトマス達は微笑をもって見守っているが、これまでもが計算された行動だとしたらどうだろうか。
絶対に、敵対してはならない。味方として轡を並べるならば誰よりも頼りになる存在だが、敵対すればこれほど恐ろしい存在もいないだろう。
僅か一カ月にも満たない時間で、私はヴァンをそう評価したのだった。




