更に二週間で
毎日毎日建物を建て直し続けて二週間。予定よりも大幅に短い期間で街並みは殆ど完成となった。それもセアト村騎士団、パナメラ騎士団、カイエン騎士団だけでなく、冒険者たちまで躍起になって資材を集めてくれたお陰である。
まったく、なんてことしてくれるんだ。
お陰で子爵になったばかりの天才少年ヴァン君は朝から晩まで家を作り続けることとなってしまったのだ。ヴァン君だけにね。
ちなみに今のはヴァンと晩をかけた高等なテクニックである。
「……はぁ、疲れた」
疲労からくだらないことを考えて、小さく愚痴を呟く。
「お疲れさまでした」
と、すぐ隣の椅子に座るアルテが労いの言葉をくれる。そして、ティルがそっとテーブルの上に置かれたカップに温かいお茶を注いでくれた。
「ありがとう」
二人にお礼を言いながら、カップを手に取って口に運ぶ。芳醇な香りと少し甘みのある味わいを楽しみながら、景色を眺めた。陽が傾き、少しずつ赤くなりつつある空と、赤みがかった煉瓦の屋根が並ぶ光景はとても幻想的に見えた。まるで、空と街が同化していくようである。
城塞都市カイエン完成のお披露目として城壁の上に特別に設置したテーブルとイスには多くの住民達が座っており、子供は城壁の塀にしがみ付くようにして歓声を上げていた。
ちなみに、正門の真上のカイエン城が真正面に見える特等席に一段高い高台を作っており、そこにパナメラやゼトロス達、そしてヴァン君一行がテーブルを囲んで座っている状態だ。夕日に照らされたカイエン城から大通りが真っすぐに城門まで伸びており、見た目のデザインも揃えた三階建ての建物が等間隔に並んでいる。
真新しく清潔な街でありながら、きちんと伝統と歴史を感じさせる街並みを目指した結果だ。道を拡張したお陰で小さな街路樹を植えることも出来た。これが中々好評で嬉しい。
「……素晴らしい街並みですな」
「ええ、これほど美しい街はそうそうないでしょう」
トマスやゼトロスも手放しで称賛してくれた。
これは、自画自賛になってしまうがとても良い景観を作れた気がする。
「……上出来だな、少年」
不意に、パナメラが小さくそう呟いた。振り向くと、脚を組んで優雅にティーカップを口に運ぶパナメラが満足そうな顔で街を眺めている。
「頑張りましたからね」
苦笑しながらそう答えると、パナメラが深く頷いた。
「……期待以上の素晴らしい街になった。両親を呼び寄せるのが今から楽しみだ」
「え? 両親?」
感慨深く呟かれたパナメラの言葉に驚いて心の声が漏れる。その言葉に、パナメラの目が刃物のように細く尖った。
「……もちろん、私にも人間の父と母がいるが、何か納得できないことでも?」
ドスの利いた低い声で尋ねられて、思わず背筋を伸ばす。
「イイエ、ソンナコトハアリマセン」
「……まぁ、良い」
パナメラは溜め息混じりにそう呟くと、夕焼けに彩られたカイエン城を眺めた。どこか感傷的な雰囲気を出すパナメラに、なんとなく声を出すことも憚られる。
それはゼトロス達も同様だったのか、目を細めて儚げな雰囲気を出すパナメラを黙って見つめていた。
いや、本当に珍しい。服装さえ違えば深窓の令嬢といった雰囲気である。パナメラのこんな場面は二度と見ることはないだろう。今のうちに目に焼き付けておかねばならない。
「……悪意のある視線を感じるな?」
「ギクッ」
思考を読んだかのようなパナメラの独り言に思わず素直な反応をしてしまう。それに口の端を上げて、パナメラが振り向いた。
「正直過ぎるぞ、少年。貴族たるもの、感情や思考を悟られないようにするものだ」
パナメラだって怒ったらすぐに顔に出るじゃないか。そんなことを思いもしたが、今は口答えできるタイミングではない。そう判断し、神妙に頷いておいた。
そんな僕を横目に見てパナメラは息を漏らすように笑う。
「ふふ、まぁ良い。今日は気分が良いからな」
と、上機嫌にパナメラは口にした。ゆったりとした動きで再び城の方向に顔を向けて、空に目を移す。夕日は徐々に下がり、上空は薄暗くなってきていた。濃いオレンジ色と深い青が混ざり合い、暗い空を彩るように星が瞬き始める。
美しい城はシルエットだけになりつつある中、パナメラが小さく呟いた。
「記念すべき日だ。もう少し、城を鑑賞するとしようか」
そう言って、パナメラは小さく何か呟き、夜空に向かって片手を伸ばした。そして、親指と人差し指を弾くようにして音を鳴らす。
「螢火」
パナメラがそう唱えた瞬間、指先から無数の火の玉が空に解き放たれていった。指先ほどの小さな火が幾つも空に登っていく様はとても幻想的である。
「うわぁ……!」
子供達の歓声が夜空に響く。
次の瞬間、空高くに舞い上がった火の玉が一気に燃え広がって弾けた。夜空に濃いオレンジ色の花が無数に現れる。
美しくも迫力のある火の魔術に、子供だけでなく大人も驚き、少し遅れて喝采が沸き起こる。
空が赤く染められて、城と街の景色が再び明るく浮かび上がった。
「子供の頃に、夜空の星を増やそうと思って作り出した魔術だ。自分で言うのもなんだが、あの頃の私は随分と可愛らしい性格だったな」
と、パナメラが自嘲気味に笑って呟いた。
その言葉に色々と突っ込みたい衝動に駆られたが、結果として確かに夜空が美しく彩られ、住民達も喜んでいるので、静かに頷いておいたのだった。




