体力の限界
宿舎を殆ど建て直した。カイエン城も同様に造り直した。そして、ベッドも二百ほど作った。
流石にもう限界である。
「つ、疲れたー……」
ぐったりクタクタになって地面に座り込んでいると、アルテが心配そうにタオルを持ってきてくれた。そして、ティルも水が入ったコップを持って隣に立っている。
「だ、大丈夫ですか?」
「あまり無理し過ぎないようにしてください」
二人に心配されてしまった。汗を拭きつつ、水を飲む。
「ありがとう。でも、パナメラさんに無理させないように言ってほしい」
このオーバーワークの原因はパナメラである。そう思って口にした軽口だったが、アルテとティルは真剣な顔で顎を引いた。
「……わ、私が言ってきます」
「……お供します」
悲壮なまでの決意に満ちたアルテの言葉に、ティルも同行を申し出る。いやいや、伯爵家当主に意見を述べるのはまずいでしょう。パナメラは気にしないだろうが、そんな話が他の貴族の間で噂になっても困る。
そう思って止めようとしたが、その前に楽しそうな笑い声で水を差された。声のした方向に振り返ると、パナメラが腰に手を当てて笑っているではないか。
「愛されているな、少年。まぁ、安心しろ。今日は皆の今後の寝泊りする場所の為にヴァン子爵に頑張ってもらったが、明日からはそれほど無理はさせない。それどころか、美味しい食事に美しい侍女も付けてやろう」
「美味しい食事と、美しい侍女?」
思わずパナメラの言葉の一部を復唱する。ああ、二年近く前まであったメイド達に囲まれる生活が懐かしい。メイドさん達がお世話してくれた日々。もちろん、ティルが毎日お世話をしてくれているので問題ないが、メイドさんいっぱいも素敵である。
「美味しいお食事があれば大丈夫です。私が一人でメイドとしての仕事は全てこなしています!」
が、鼻息荒くティルがそう宣言したことにより、パナメラは苦笑と共にご褒美の一つを取り下げてしまった。
「そうか。それなら美味しい食事を期待しておいてくれ」
「はい! 楽しみにしています!」
ティルが一番楽しみにしていそうな返事だ。いや、目が輝いているので本当に楽しみにしているのだろう。
「いいんだよ、うん。別にそれで良いんだけどさ」
口の中で小さくそう呟いて遠くを見つめた。そんな和やかな会話をしていると、ゼトロスがこちらに体の正面を向けて一礼した。
「ヴァン様、本当にありがとうございます。この街の管理者の一人として、厚く御礼申し上げます。また、代金については明日にでも改めてパナメラ様とお話し合いいただけますでしょうか」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今回の代金をいただかない代わりに、バリスタとか専用の矢は高値で販売しますからね」
「なに!? そっちの方が困るじゃないか!」
ゼトロスに冗談交じりに返事をするとパナメラがギョッとした顔になる。いやいや、街を作り直すのだから、それくらいは許してもらいたい。
「パナメラさんには格安で売っているんだから、値上げしても定価より安いですよ?」
「いや、これからもっと必要になってくる代物だぞ? よし! それなら、街の改修費に白金貨百枚やろう。どうだ?」
「ダメです」
「ぐぬぬぬ……」
既視感だ。以前にもこんなやり取りをした記憶がある。とはいえ、以前との違いは明確で、少しだけパナメラも大変だろうなという同情の気持ちはあった。領主になったばかりのパナメラにはどれだけ資金があっても足りないだろう。恐らく、騎士団の増強や遠征費なども頭にあるはずだ。
だが、それはそれ、これはこれである。戦いで成り上がっていく予定のパナメラは大いに僕の作った武具やバリスタなどを購入していくことだろう。ふはははは。
その時、不意に近くで笑い声が聞こえてきた。僕の心の声が口から洩れたわけではない。反射的に振り向くと、そこには先ほどまでずっと無表情だったゼトロスの姿があった。ゼトロスは眉尻を下げて、口元を隠すように俯いて肩を揺すっている。
僕とパナメラの関係性に対してか、それとも単純に今の会話が面白かったのか。ゼトロスが笑う姿を想像していなかった為、少し驚いた。
そして、それはパナメラも同様のようだった。
「なんだ。お前も笑うことが出来たのか」
パナメラがそう告げると、ゼトロスは少し表情を引き締めて顔を上げる。
「……それは失礼でしょう。普段は感情を表に出さないように努めているだけです」
「ふん、もう戻ったか。面白くない」
ゼトロスのポーカーフェイスが戻ったのを確認して、パナメラが不満を述べる。しかし、それを見ていたトマスが苦笑して首を左右に振った。
「我々でもあまり見ることが出来ない光景です。特に、ここ一年は一度も笑う姿など見られなかったと……」
トマスのそんな言葉に、パナメラは素知らぬ顔をするゼトロスを興味深そうに眺めた。
「ふぅん? それは貴重なものが見られたな。それで、貴様は何がそんなに面白かったんだ?」
パナメラが不思議そうにそう尋ねると、ゼトロスはこちらを一瞥して、僅かに表情を緩めて口を開く。
「……いえ、残酷な未来を想定、危惧していた我々が馬鹿みたいだと思いまして……敗戦して住む国が変わるという未知のことに警戒し、様々な話し合いをしてきましたが、無駄な努力でした」
「なんだ? 何を言っている?」
回答というには不釣り合いな曖昧な言葉にパナメラの眉間に皺が出来る。その表情を見て、ゼトロスは再び微笑を浮かべた。
「……お二人のお気楽な会話を聞いて、我々の未来は案外明るいものじゃないかと思い直した、ということです」
ゼトロスがそう告げると、パナメラは腰に手を当てて笑った。
「はっはっは! 言うじゃないか、ゼトロス! それが本来のお前か? 気に入ったぞ!」
生意気な部下に対してパナメラは気の強そうな笑みを浮かべる。それにゼトロスは深々と一礼して返事をした。
「恐縮です。しかし、パナメラ様の部下としてお仕えしていくという気持ちは確かなものとなりました。今後も、何卒お願いいたします」
「うむ」
ゼトロスが忠誠を誓い、その様子を驚いた表情で他の管理者達が見つめる。パナメラは満足そうにゼトロスの頭を見下ろして答えたが、すぐに指を一つ立てて口を開いた。
「ああ、しかし、一つだけ訂正をしておくぞ」
「は?」
ゼトロスが顔を上げたのを確認してから、パナメラは人差し指でこちらを指さした。
「お気楽なのはこのヴァン子爵だけだ」
「……承知しました」
僕の方を横目に見ながら、二人がそんなやり取りをして笑い合う。それに対して、挙手をしながら文句を言った。
「はい! 異議あり! 僕だって毎日一生懸命働いてます! むしろ、僕が一番忙しいくらいだよ!」
両手を振り上げて声高に怒りをぶつけたが、何故か場にいる皆が笑い出し、僕の怒りをまともに受け止める人はいなかった。
なんて酷い大人たちだ。裁判をしたら勝てる自信があるぞ。
 




