【別視点】 新しいカイエン城
【ゼトロス】
「屋上とテラスを作ってみました」
「うむ、素晴らしい! 最高だ!」
「ふわ……!?」
あっという間に新しく生まれ変わった城のテラス部分で、パナメラがヴァンを抱きしめて振り回している。顔を赤くして振り回されるヴァンを眺めてから、次にテラスから見える街並みに視線を移した。
以前の城ならあり得なかったが、一目で街の全景が確認できる素晴らしい眺めだ。なにせ、三階建てだった城が五階建てになったのだ。それは大きな違いだろう。屋上部分から街を見下ろせば更に高く、城壁の上を歩く衛兵達まで見えるくらいだ。
「と、とりあえず、お城の説明を続けますよ!」
「ああ、悪かった。ちょっと嬉しくてな」
ヴァンの言葉にパナメラは本当に嬉しそうに笑いながら両手を放し、解放した。自由となったヴァンはテラスから城内を見て口を開く。
「先ほども言った通り、このテラスがあるのは四階部分ですが、五階部分はパナメラさんの寝室と執務室です。この四階部分は会議室や倉庫、三階部分は客室と広間、従者用の部屋。二階が浴場や宝物庫、書庫、一階には食堂と厨房、もう一つの浴場と衛兵の為の部屋などがあります」
「うむ、本当に素晴らしい。城の見た目もとても良いな」
「バロック様式というデザインですね。左右の尖塔も登ることが出来ます。そのデザインのせいで屋上は狭いですが、通常は使うことが無いので問題ないでしょう」
「おお、そうか! よく分からんがありがとう!」
説明の途中で再びパナメラがヴァンを抱きしめてその場で回り始めた。それにヴァンの従者や部下たちが笑っていたが、城塞都市グローサー改めカイエンの管理者達はまだ現実感のない改築工事に戸惑ったままである。
「……失礼。ヴァン様がいらっしゃれば、この城塞都市がすぐに生まれ変わるということは理解いたしました。しかし、魔力は大丈夫なのですか? これだけの魔術を使えば、一週間は動けなくなるのではありませんか?」
我慢できずに尋ねた。それにパナメラに捕まったままのヴァンが首を左右に振って笑う。
「大丈夫ですよ。今日はとりあえず家具を急いで作って、明日は城壁と城門を綺麗にします。もし材料が揃うようなら住宅や大通りも綺麗にしたいですね。あ、それと土の魔術師達の技量次第ですが、取水と下水の工事も行う予定です。多分、全部で一カ月くらいで終わるかな?」
「そ、そうですか」
ヴァンの回答を聞き、深く考えることを止めた。ヴァンの魔術はそういう魔術であると思うしかない。なにせ、そのことをよく理解しているパナメラはヴァンの改築した城について追加注文をしているくらいだ。
「この窓をもっと大きくしてくれ」
「壁一面みたいな大きさになりますよ? それなら、多めに縦の柱を入れて補強しないといけないかもしれません」
「うむ、問題ない」
「……こんな感じですか?」
パナメラから要望がある度にヴァンは窓、壁や扉の装飾、部屋の形などを手際よく作り変えていく。とんでもない話だが、ヴァンの部下たちも気にせず出来たばかりのものを褒めたりしている。
「おお、良いじゃないか! 後は家具だが、こちらは少々凝りたいところだな……」
「これまでのも十分凝ってましたよ……とりあえず、今日は数が多いので兵舎の分だけですからね?」
「むぅ……仕方あるまい。明日は頼むぞ」
何度目か分からない二人のそんな会話を聞いていると、ディーが歩いてきてヴァンに報告をした。
「ヴァン様。騎士団の連中が木材を運んできたようですぞ。現在は宿舎前に並べていっておりますが」
「あ、それは助かるよ。そろそろ晩御飯になると思うし、急ぎでベッドとかだけでも作ってしまおうか」
ディーの報告に笑顔でそう答えて、改めて皆で宿舎前へ移動することとなった。
到着してから今まで延々と建物を改築していたが、これから更に家具を作るという。そもそも、城の改築を数時間で完成させたことが驚きなのに、まだ魔力があるというのか。
この穏やかな少年が今に倒れてしまうのではないかと思って様子を見ていたが、それは杞憂だった。
宿舎前にうず高く積み重ねられた木材は、本来ならすぐには使えない枝打ちしただけのものだ。水分も多く含んでおり、加工の為の準備をしなくてはならないはずである。
しかし、ヴァンはその木材を見て、笑顔で頷く。
「皆、ありがとう。立派な木だね。街道の近くにあった森の木でしょ? すぐ近くでこれだけの木が採れるのは助かるなぁ」
そんなことを言いながら、ヴァンは木材の表面に手を触れて、魔術を使い始めた。気が付けば、あれだけあった木材の山が両手で抱えられるほどの四角い箱らしきものに変わっていき、あっという間に石切り場の在庫置き場のような状態になってしまう。
これには、街の住民達も驚きの声を上げて騒然となった。
「じゃあ、ここで僕がどんどん作るから、皆で運び込んでね。あ、申し訳ないけど、カイエン騎士団の人達にも協力してもらおうかな?」
「うむ、問題ない。二人で一つを運べば何度も往復するものではないからな」
「あ、良いですか? それじゃ、どんどん作りますねー」
軽く作業の流れだけ打合せをしたら、ヴァンは出来たばかりの四角い箱を次々にベッドへと作り変えていく。支柱と枠、板の組み合わせの簡易的なものだが、兵舎としては十分すぎるだろう。
「軽さにこだわったすのこベッドだけど、後で敷布団は準備するからね。安心して運んでね」
「はい!」
ヴァンが笑顔でベッドを作りながら説明すると、騎士達が返事をして出来たばかりのベッドを宿舎に運び込んでいく。
百以上のベッドを作るなど正気ではないと思ったが、一つのベッドを作るのに僅かな時間しかかかっていない。むしろ、中に運び込む兵士たちの方が間に合っていないほどの勢いだ。
「ほら、手が空いた者はどんどん運び込め! ああ、ベルとロザリー殿も布や羽毛の類を売ってくれないか」
「え? ベッドの材料に出来そうなほどは準備出来ていないのですが……」
「何言ってるのよ、ベル! パナメラ様、承知いたしました! すぐに準備いたします! ほら、この街の住民から買い集めるわよ! ヴァン様がお作りになるならボロボロの布でも大丈夫でしょ!?」
「あ、そうか! す、すぐに集めてきます!」
ヴァンの勢いに負けじとパナメラも次の準備に移る。商人達も俄かに活気づいてきた。確かに、街一つを巻き込む大きな商機だ。有難いことに、スクーデリア王国の貨幣を持っていない住民達が、これで多少なりとも財産を得ることになる。二つの商会が来ているのだから、その貨幣で生活に必要な物を購入することが出来るだろう。
問題は、これだけのことを一人でこなしているヴァン子爵本人に、どれだけの費用を支払うべきかという点だ。普通ならば、白金貨千枚でも足りない働きだろう。工期を五年近く減らし、材料も自らの騎士団で殆ど揃えてもらい、更には細かな要望にも応えてもらっている。
伯爵になったとはいえ、今回初めて自領を手にしたパナメラにそんな財産があるわけがない。収入の殆どが王国から受ける予算と報奨金、そして自らが後ろ盾になった商会からの利益だけで生活している領地無しの貴族は、懐具合が厳しいのが定説だ。貴族家当主としての邸宅を持ち、更に自ら運営する騎士団の運営費もかかる。それらを考えれば、パナメラはあまり多くの資産を保持していないだろう。
「……お忙しいところ恐縮ですが、この作業の報酬はどうしたら……その、数十年にわたって分割することでしかお支払いすることも……」
同時に同じことに思い至ったのか、街の予算を担当するバラットがそう尋ねた。ヴァンはベッドを作りながら、一瞬考えるような素振りを見せて、すぐにいつもの穏やかな笑顔で口を開く。
「美味しい食事をお願いします」
そう言われて呆気にとられていると、パナメラが噴き出すように笑った。
「ふ、はっはっは! ほら、ゼトロス! 美味しい晩餐だ! この街で最高の御馳走を準備しろ!」
「……承知いたしました」
まさか、食事が代金の全てだとは思っていない。しかし、二人のやり取りを聞き、何より屈託なく笑うヴァンの笑顔を見て、金銭に関する心配はあっという間に消えてしまった。
私は笑顔で返事をすると、これまでで最上級の晩餐会を行う為カイエン城へと戻ることにしたのだった。




