【別視点】 新しい宿舎
【ベルビール】
何が起きたのか、全く理解が出来なかった。
そもそも、まだ建材も何も揃っておらず、建築を行う職人などの姿も無かったのだ。そんな状態で何をするのかと思っていたら、突然それは起きた。
まず、建物の入り口から壁が変化していった。まるで生き物のように石造りの壁が形を変えて動き出したのだ。欠けたりひび割れていた石の壁が瞬く間に見た目を変え、さらには壁の高さも倍以上となった。
「……な、なんだ? どうなっている?」
誰かが呟く声が聞こえたが、その疑問に誰も答えない。いや、答えられないといった方が良い。遠巻きに見ていた街の住民達からも驚きの声が上がっていたが、騒ぎが起きるかもしれないなどと気にする余裕もなかった。
地面を伝う震動が何度も感じられて、ぼんやりと建物の中も変化しているのだろうと思った。どうなっているのかとパナメラ伯爵に目を向けたが、伯爵は腕を組んで笑みを浮かべているのみである。
「建材が石だからこんなに揺れているの?」
「いえ、多分違うと思いますが……」
伯爵の近くではあの商人達が雑談のような態度でそんな会話をしていた。まるで、これが日常の風景といった様子で……。
どれほどの時間が経っただろうか。しばらくして、ヴァン子爵が建物から出てきた。明らかに大きく、新しくなった白い両開きの扉を開いて出てきた子爵は、唖然としたまま固まっていた我々の顔を見て微笑む。
「とりあえず、第一段階は終わりました」
「ほう。第一段階?」
「使う人に見てもらってから残りを改造しようと思って」
「なるほど」
子爵が伯爵とそんな会話をするのを横で聞きながら、頭の中で様々な疑問が湧き起こる。
第一段階が終わったとは、どこまで終わったのか。残りを改造という意味も分からない。あれだけの会話で伯爵が満足そうに頷くのも理解が出来ない。
「あ、どうぞ。とりあえず、中に入って確認してください」
子爵がそう言うと、大柄な騎士が扉を完全に開放した。確か、ディーという名の子爵の部下だったはずだ。扉が開放されると、一番に伯爵が建物の中へ入っていった。その後を子爵の部下や従者が続く。
「……考えていても仕方がない」
誰にともなくそう呟き、近くにいたトマスと頷き合ってから足を踏み出した。
ある程度覚悟をして中に入ったと思ったが、私は再び驚く羽目になってしまった。
「お、おお……」
「以前と全く違うではないか……」
驚愕する声に心の中で同意しながら、様変わりした屋内の様子を確認する。
「階段は場所が良かったので、少しだけ位置をずらしました。入り口から見て左右の端に二か所。奥の突き当たりにも二か所で合計四か所となりました。入り口は出入りが多いだろうと想定して少し広く造り直しています」
と、簡単に子爵は説明しているが、ぱっと見だけでも全く違うものになっていた。壁は美しい真っ白な壁になっており、天井には木材が使われている。床は石のままだが、こちらも綺麗に磨き上げられたような光沢を発していた。
「一階は倉庫、食堂、便所、会議室といった形です。全体的に広く作り直したので、申し訳ないですが屋外の練兵場は潰しました」
「れ、練兵場が……?」
「……それは、どうなのだ?」
戸惑いの声が出ると、子爵は苦笑して頷く。
「もちろん、それに代わる場所は準備しています。こちらへどうぞ」
そう言って、子爵は入り口から見て右奥へと向かう。倉庫の前を通ったが、ぱっと見でも倍近くの広さとなっていた。詰め込まれるように保管されていた鎧や剣、盾などが綺麗に並んで置かれている。それだけでも物の出し入れが楽になっているだろうが、更に出入口が前後二か所になっていることに感動した。
これまでに何度もあったことだが、有事の際に出入口が一つだと支障が出ることが多い。武具を取りに行く者と、武具を手にして倉庫から出る者が入り乱れ、慌てたり言い合いになることもあるくらいだった。しかし、これなら入り口と出口が分かれることでそんな混乱も起きないだろう。
「新しい練兵場は地下になります」
「……地下?」
突然言われた言葉に、思わず聞き返してしまった。貴族を相手に失礼な言動と振る舞いだが、子爵は気にした様子は無く、頷いて階段を指し示した。
「訓練がしやすいように倉庫の近くに階段を設置しました。足元に気を付けて下りてきてください」
子爵は丁寧にそう言うと、一番に階段を下りていく。いや、そもそもこの城に地下など無かったはずだ。さも当たり前のように地下へ案内されたが、頭の中は混乱していく一方である。
「早く来い、面白いぞ」
子爵に続いて地下に下りた伯爵が少し大きな声でそう言ってきたので、皆で慌てて階段を下りて地下へと向かう。
そして、今度こそ度肝を抜かれた。
一定間隔で大きな柱はあるが、それでも外にあった練兵場の数倍の広さの空間があったのだ。天井も高く、槍を使った訓練も出来そうなくらいである。
「床、壁だけじゃなく天井も石材の上に木材を張って二重にしてあります。厚めにはしてありますが、重い鎧を装着して訓練すると段々と傷んでいくかと思いますので、そうなったら板を張り替えて補修してくださいね」
子爵はそう言って苦笑しながら地下室を歩き、天井を指さした。
「換気用の通気孔が幾つもありますが、どうしても声が響くのが難点ですね。後は、採光が難しいのでランプが必須になります。通気孔に加えて大きな階段も二か所あるので換気は大丈夫と思いますが、オイルランプなどの火を使ったランプは極力使わないでください」
「ふむ、分かった。しかし、これだけ広かったら他のことにも使えそうだな」
「雨水が入らないようには気をつけているので、避難所とかにも使えるかもしれませんね」
子爵と伯爵はこれまで通りの態度で会話をしているが、我々はそれどころではない。まさか、こんなとんでもない改築が短時間でされるとは思ってもいなかったのだ。
開いた口が塞がらない状態の我々を横目に見て、子爵は止めを刺すように話を続けた。
「あとは、井戸の近くに食堂と厨房がありましたが、隣接して浴場も作りました。お湯を作る設備はまた今度作りますね。後は、二階と三階に四人ずつ寝泊り出来る部屋を出来るだけ多く作りました。これで二百人から三百人くらいは宿泊できると思います。また、屋上には中央にも倉庫を設置しています。最後に、櫓代わりに屋上に二か所四階部分を作っています。もちろん、城壁部分にも四隅に櫓は作りますが、街の中を上から見る必要がある時は便利だと思います」
それだけざっと説明されて、今度こそ本当の意味で絶句してしまった。
誰も、何も言うことが出来ない。そんな我々を見て、子爵と伯爵はいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「……勝てないはずです。こんなもの、反則も良いところだ」
ビルトが呆れたように呟いたその声が地下室で空しく響いたのだった。




