工事スタート!
コミカライズ版での第三王子との名前被りにて、ライゾンの名前が改名されております!
パナメラは手放しに喜んでいるが、街の管理者であるトマス達の中には懐疑的な目を向けてくる者も多かった。その視線には商人であるベルとロザリーであっても気が付く。
「まぁ、実際に見ないと信じられませんよね」
ベルがそう呟くと、ロザリーがくすくすと上品に笑った。よそ行きのロザリーだ。
「ええ、そうですね。むしろ、実際に見ても信じられないかもしれませんが」
二人がそんな会話をして笑っていると、管理者のおじさん達は揃って怪訝な顔をしていた。ゼトロスだけはポーカーフェイスが崩れなかったので、どうにかして驚かせてやろうとそっと決意する。
パナメラは話がまとまったと笑みを浮かべ、皆の顔を見回す。
「それでは方針は決まったな? まず必要な資材を指示してくれ。城塞都市カイエンの騎士団が資材集めを担当する」
「えっと、木材が大量に必要です。この街の建物は殆どが石造りなので石材はあまりいらないと思います。後は、出来たら鉄や銅、銀、金、ミスリルなどの金属も少し欲しいですね」
そう答えると、パナメラは首肯した。
「よし、分かった。準備させる。後は何が要る?」
「魔術師です。特に、土の魔術師の方は何人いても良いですね」
「ふむ、土か……ベルビール。この街で実力のある土の魔術師は何人いる?」
回答を聞き、パナメラは自らの顎を指でつまみながら唸り、ベルビールに目を向けた。
「一人だけです。中級の魔術師ですが」
「呼んでおけ」
「はっ!」
質問をされて答える度にパナメラが即座に動き、部下たちに指示を出していく。あまりにテキパキと話が進んでいく為、一気に不安になってしまった。
あれ? もしかして、今日から工事を始めるつもりでは? 僕、さっき街に着いたばかりなんだけど……。
そんなことを思いながら事の成り行きを見守っていると、パナメラが僕の表情に気が付き、優しく微笑んだ。
「ああ、長旅で疲れていたな。悪かった」
「あ、いえいえ、美味しいお食事を待っています」
「はっはっは! 準備はしていたからな。すぐに作らせよう」
「わーい!」
元イェリネッタ王国の美味しい食事が食べられる。そのことに素直に喜んでいると、パナメラが申し訳なさそうに口を開いた。
「……しかし、残念ながら皆が泊まれるだけの施設が無いのだ。もし、ヴァン子爵が兵舎やこの城を改築してくれたら、皆もゆっくりと長旅の疲労を癒すことが出来るだろうが、残念だ」
と、パナメラは見たことが無いような残念そうな顔でそう言った。わざとらしいことこの上ない。
「分かりました。それでは、まずは兵舎からちょっと改造しましょう。お城は出来そうならしますね」
「おお、助かる!」
「貴重な鉱石とか調味料とかくださいね。あ、黒色玉でも良いですから」
そう言うと、パナメラは嬉しそうに頷いたのだった。
上機嫌に皆を先導して歩くパナメラ。そして、そのすぐ後にヴァン君一行。最後尾にゼトロス達が並んで歩いていく。オルト達冒険者やセアト騎士団の皆は大通り内で待機してもらっている。色々な場所を旅しているオルト達はそうでもないが、セアト騎士団の皆は街並みを物珍しそうに見ていた。ほとんどがただの村人や奴隷出身の人達なので、他の国の街など見たことが無いに違いない。ちなみに、僕も初めてなので、街並みを散策して楽しみたい気持ちを堪えている。
「これが兵舎だ」
「あ、すごく兵舎っぽい」
と、カイエン城と城門のちょうど中間ほどの場所でパナメラが立ち止まり、大きな建物を指し示した。飾り気など一切無い、真四角の建物だ。二階建てで屋上にも上がれるようだ。
「奥に長い作りでな。この兵舎に百人は寝泊りしている。裏には練兵場もあるが、あまり広くはない」
パナメラがそう説明すると、後ろから騎士団所属のベルビールが補足説明をしてくれた。
「手前と奥に階段があり、入り口近くに武具を保管する倉庫があります。小さいですが食堂もあり、便所も二か所に分けてあります」
「浴場とかは無い?」
「浴場、浴室といった代物はありません。練兵場の端に井戸がありますので、そこから水を汲んで体を洗っております」
「少年、普通は浴場など貴族しか使っていないぞ」
「あ、それはそうですね」
と、簡単に兵舎と練兵場について話を聞き、頷く。
「それでは、一度中にいる騎士団の方々に外に出るよう言ってもらって良いですか?」
そう告げると、ベルビールは一瞬戸惑いつつもすぐに行動に移してくれた。
「ヴァン様、木材を用意してきましょうか?」
兵舎から騎士達が慌てて出てくる様子を眺めていると、カムシンがそんなことを聞いてくる。材料の心配をしてくれているようだ。
「あ、そうだね。家具とかも作りたいし、大急ぎじゃないけど、それなりに木材を用意してもらえると嬉しいかも」
軽く答えたのだが、カムシンは真剣な顔で首肯してセアト騎士団のメンバーを呼びに行った。
「そんなに急がなくても良いからねー? 宿舎が出来た時にちょっとあれば良いから」
急がせないようにそう声を掛けたのだが、カムシンはハッとした顔になって振り返り、ついには走り出してしまった。
カムシンが近くにいた騎士に声を掛けると、それぞれがギョッとした顔になり、慌てて外に向かって駆け出していく。
「い、急げ!」
「出来たら、建物を建てる前にだ!」
「間に合うのか!?」
物凄い勢いで木材の調達に向かったセアト騎士団の面々。口々に良く分からない言葉を発しながら走って行く様子を見て、城塞都市の住民はどう思うだろうか。セアト村の騎士団って変わっているなぁ、なんて思われてしまうかもしれない。
そんな心配をしていると、ベルビールが兵舎から出てきた。
「パナメラ様。兵舎及び練兵場からの退去、完了いたしました」
「うむ」
報告を受けたパナメラがこちらに顔を向ける。パナメラは物凄く期待している目でこちらを見ている。単純に大きくしたところで納得はしてくれなさそうである。
仕方ない。多少は色々考えてあげよう。
「……最終的には他の建物も三階建てになるかもしれないから、兵舎も基本は三階建てで、四隅の角に物見櫓みたいに四階部分を作ろうかな? いや、このくらいの幅なら効率が悪いか……よし、大通りに面している面だけ四階部分を作って、後は屋上スペースにしよう」
建物を見上げて、ぶつぶつと独り言を呟きながら全体像を練っていく。ある程度決まったら、次は実際に行動に移すのみだ。
「それじゃあ、始めますね」
「うむ、頼むぞ」
パナメラの返事を聞いてから、建物の中に入ってみる。何も言わずともディーはすぐ後に付いてきた。護衛としてだろう。とても心強い。
一階部分だけでも作りが分かればと思って軽く見て回ったが、一部屋一部屋を広く仕切っているお陰ですぐに全体を把握できた。練兵場も覗いてみたが、確かに狭い。正方形に近い形状だが、一辺十メートルもないだろう。地面は土が露出した状態になっている為、転倒して怪我をすることはなさそうだ。
「井戸はあれだね。井戸は流石に移動できないなぁ」
練兵場の確認も終わり、使える物や動かせない物など、簡単に頭の中に叩き込んでおく。
「エスパーダがいたら楽だったなぁ」
誰にも聞こえないようにそう言って苦笑すると、まずは地面に手を付けた。
まぁ、実際に作ってみて考えるとしよう。僕の場合は設計ミスをしても後で変更が可能なのだから。




