城塞都市改造計画
突然二人になってしまったライゾン……
残念ながらベルビールさんに改名しております。。。
「まずは、この街の管理をしてきたゼトロス達から意見を求めるとしよう。この街に住んできて、改善点や不満はないか」
パナメラがそう告げると、ゼトロス達はそれぞれ思案するような顔をしてみせた。数秒の沈黙の後、トマスと名乗ったおじさんが口を開く。
「……そうですな。この街が完成して約四十年です。街の中の石畳も欠けているところがありますし、城壁にもヒビや亀裂が入っております。そういった部分を直すべきでしょうか」
「ふむ、それは直すとしよう。他には?」
トマスの意見を採用し、パナメラは更に意見を求める。一人が先陣を切ってくれたおかげで、他の皆も次々に意見を口にし始めた。
「建物も劣化したところが多く、一部の住宅では雨漏りがあります。後は下水の問題ですが、こちらも長年の使用で悪臭や汚泥が酷く……」
皆が意見を出してくる中、神経質そうな男が神妙な面持ちで口を開いた。確か、バラットだっただろうか。
「予算についてですが、これまでは国防の要所としてイェリネッタ王国よりそれなりの予算をいただいておりましたが、現在はそれに比べて予算が一割ほど削減された状態です。街の改修も重要な案件ですが、グローサー騎士団……いえ、カイエン騎士団の運営を考えるなら予算の再配分が必要かと思われます」
街の大規模な改修と聞き、予算を気にしての意見らしい。各分野の管理者がいるというのは様々な角度からの意見が出るので便利である。セアト村ももう少し管理者を増やそうかな、などと思いながら話を聞く。
「改修の予算は気にするな。後、現在の領民の状況は想定していたからな。税についても一年は免除する」
「一年ですか」
パナメラが軽い調子で答えると、バラットは少し不安そうに眉根を寄せた。それに笑いつつ、パナメラが頷く。
「安心しろ。領民それぞれに課せられる税はイェリネッタ王国の時よりも少なくなるだろう。代わりに、大きな利益を上げた時は税が割高になる。一番影響を受けるのは商会だが、これに関してはベルランゴ商会とメアリ商会が入るからな。どちらも良い商会だぞ」
と、さらっと不安を取り除くようにパナメラが告げた。簡単に不安は解消されないだろうが、それでもパナメラの言葉を聞いて少しだけ雰囲気は明るくなった気がする。
それを確認してから、パナメラがこちらに目を向けてきた。
「それで、ヴァン子爵はどう思う? この街を良くするには……いや、言い方を変えようか。ヴァン子爵がこの街に永住するなら、どうしたい?」
不意にそんな質問をされて、頭の中でぼんやり考えていた構想を答えた。
「そうですね。城塞都市でよくみられる問題ですが、城壁で囲まれているせいで手狭になりがちです。人口が増えたり、店が増えたりと色々理由はありますが、狭いのは利便性にも悪影響を与える気がします。あ、地図とかありますか?」
「はい、こちらです」
ゼトロスが予め準備していたらしく、すぐに地図がテーブルの上に広げられた。それを眺めて、先ほど通過した城門を発見して指差す。
「特に、この城門から続く大通りは広くしたいです。真っすぐにこの城まで繋げて、城の周囲を囲むように道を敷いて、反対側の城門まで大通りを通します。後は大通りに沿って少し背の高い店や宿を配置して、住宅もアパート形式……いえ、四世帯くらいが住める二階建て以上に建て直します」
軽く話しつつ、地図の上を指で指示していく。
「現在がどのようになっているかは分かりませんが、区画を決めることで流通が効率的になり、必然的に無駄な移動も減って暮らしやすくなります。なので、商業区画、兵舎や冒険者区画、居住区画、工業区画といった感じにしたいですね。後は、この広場を改造して大浴場と噴水のある公園にしたいです。水に関しては川から引いているようなので、この外側の部分に汲み上げと煮沸設備を作って貯水槽を幾つか作ります。下水については川の上流から水を引いて下流に戻す形ですよね? もしそうなら取水設備を作り変えるので、そのまま下水の作りも改造してしまえば良いかな、と……」
全体的な部分をざっくりと説明していく。それを聞き、街の管理者のおじさんたちは唖然とした表情になっていった。そして、パナメラは物凄く上機嫌に頷いている。
「うむ! 素晴らしい改造案だ! それに加えて、城壁と城門、城についても改修すべきだな!」
「城壁と城門は表面だけ、お城については簡単に見た目と間取りを変えるくらいですよ?」
そう答えると、パナメラは一転して絶望したような顔になる。
「……浴場と便所はどうなる」
「あ、それは大丈夫です」
了承すると、パナメラはあからさまにホッとした様子をみせた。
会話が途切れたところで、ゼトロスが口を開く。
「……失礼。ヴァン子爵のお考えは素晴らしいと思います。街は住みやすくなり、住民達も喜ぶことでしょう。しかし……」
「金と時間が掛かる、というところですな」
ゼトロスの言葉をトマスが引き継いだ。トマスは難しい顔でバラットに視線を向ける。
「どれくらいかかる?」
トマスが尋ねると、バラットは目を鋭く細めさせた。
「……ほぼ、街全体の造り直しに近い内容です。現実的に考えるなら別の場所に新たに作る方が早い可能性すらあります。人員を確保し、土地の平坦化と取水及び下水工事、その後城を建設して大通りを敷き、周辺に建物を建てていく。城壁を先に作っておかねば魔獣による被害なども考えられますので、それらも同時並行して行ったとして……最短でも五年。工事期間と人員次第ですが、白金貨百枚から五百枚が必要になるでしょう」
バラットがそう答えると、騎士団所属のベルビールが咳ばらいを一つして口を開く。
「先の戦いで、ヴァン子爵が驚くべき築城術を行われたと伺っています。その技術を今回も使われるのでは?」
「いや、戦場で急ごしらえの砦を用意するのと街を作るのでは内容が違うであろう」
「しかし、建築については間違いなく最先端の技術をお持ちのはず」
「う、うぅむ……」
前線ではないとはいえ、ベルビールは色々と噂を聞いていたのだろう。他の面々よりも僕の案を前向きに受け止めてくれている。
パナメラはその様子を楽しげに眺めてから口を開いた。
「さて、工事期間や費用についてはともかく、ヴァン子爵の案に文句はなかったようだな?」
パナメラが確認するようにそう尋ねると、皆が顔を見合わせつつも反対意見は言わなかった。そのことに満足そうに大きく頷くと、こちらに向き直る。
「全部やってくれるんだろうな?」
「えー、全部はちょっと……とりあえず、取水設備と下水。後はお城と城壁、城門だけにしましょうよ」
「嫌だ」
「嫌だって言われてもー」
「全部やれ」
「残りは来年頑張りますから」
「嫌だ」
パナメラとそんなやり取りをして、思わず溜め息を吐く。凄く嬉しそうに笑いながら「嫌だ」というパナメラを見て、交渉を諦めた。
「……分かりました。その代わり、僕のペースでやりますからね? 後、資材とか色々集めるのは手伝ってくださいよ?」
「おお! やってくれるか! ありがとう、少年!」
仕方なく了承すると、パナメラは花が咲いたような笑顔で喜んでいた。それだけ喜ばれたら、頑張らざるを得ない。そう思い、僕は苦笑を返したのだった。




