商人の協力2
「それでは、もう一つの本題に入りましょう」
そう言って、アポロが笑顔で何かを取り出した。あまり大きなものではない。成人男性なら両手で包めるほどの小さな箱である。ただ、その箱は随分と頑丈そうだったが。周りで見ている皆もその箱に興味深そうに視線を向けている。
「これは?」
代表して尋ねると、アポロは皆に見えるようにテーブルの上に置き、ゆっくりと開けてみせた。鋼鉄製に見える箱が開き、中に赤い布に包まれた丸いものがあると分かる。その布を捲ると、何度か目にする機会があった代物が姿を現した。
「黒色玉!」
思わず、大きな声を出してしまった。そのリアクションに満足そうに頷き、アポロが同意する。
「その通りです。こちらは、我が商業ギルドがソルスティス帝国と契約して仕入れてきた黒色玉となります」
「売ってくれるんですか!?」
大喜びで聞き返すと、アポロは頷きつつ、表情を引き締めた。
「勿論です……しかし、少々きな臭い話もしなくてはなりません」
「帝国の反応?」
「その通りです……もしかして、予想されていましたか?」
アポロに尋ねられて、苦笑しながら頷く。
「イェリネッタ王国との戦いの最中にフレイトライナ王子を捕縛しましたからね。色々と話は聞いています。単一的な視点からの考察になりますが、どうやらソルスティス帝国はイェリネッタ王国を使って間接的に自国の領土を広げようとしていたのかな、と……もしそれが事実なら、スクーデリア王国はソルスティス帝国の目論見を頓挫させたことになります」
そう告げると、アポロは笑みを浮かべた。
「話が早くて助かります。この話はまだ陛下にも申し上げておりませんが、ヴァン様ならば良いでしょう。恐らく、ソルスティス帝国は黒色玉の輸出先をこのスクーデリア王国のみに限定すると思われます。そして、黒色玉の強さとそれを持たぬ国に対しての優位性を理解させてから、帝国の属国にならないかと提案してくる筈です」
アポロは大陸の情勢が変わるような大きな話をさらりとこの場で口にする。その衝撃的な内容に、あのエスパーダであっても僅かに目を開いていた。だが、これに関しては黒色玉の存在を知った時から考えていたことである。
日本の歴史でも鉄砲が伝来してからというもの、上手く鉄砲や大砲を運用するものが勝つようになったと思う。ヨーロッパでも鉄球を飛ばすことが出来る砲身が誕生してからは大砲の時代となった。
つまり、ソルスティス帝国は世界で一歩先んじて火薬やそれを応用した大砲などの兵器を作り出した国というわけだ。その力を使って中央大陸で領土を広げていったのだろう。火薬を作り出して大砲に至るまでの期間が短く感じるが、それは国土を広げていく内に先ほど話した問題が発生したのかもしれない。
ここで、領土を無暗に拡大する危険性を知ったソルスティス帝国は、火薬類の製造方法を秘匿して属国を増やす案を考え出した……そう推測すれば分かりやすくなる。
その推測を正とした場合、考えられるソルスティス帝国の次の行動は、イェリネッタ王国の敗北の原因究明と次の属国候補を選ぶこと。中途半端に黒色玉を別の大陸にバラ撒いてそのまま放置するよりも、火薬を研究して開発される前に自らの国の属国にしてしまおうとするかもしれない。
この計画の障害となるのは、黒色玉だけでなく大砲まで貸し出したイェリネッタ王国を打ち破ったスクーデリア王国である。さて、自分ならその国がどうやって勝ったか調べたいところだが、隣の大陸での出来事である。その情報をどうやって収集するか。
そう思い、アポロの顔を見た。
「……アポロさん。ソルスティス帝国にどれくらいの情報を流しました?」
尋ねると、皆が驚きの表情を浮かべてアポロに顔を向ける。アポロは顎を引き、眉根を寄せた。
「冷静に聞いていただきたいのですが、我が商業ギルドも一枚岩ではありません。特に、中央大陸を主に活動をしている商業ギルドの調査員や直営の商会を運営するギルド員は、どうしても普段取引があるソルスティス帝国側から状況を見ている節があります。私としては、ヴァン様のいらっしゃるスクーデリア王国との取引を重要視すべきだと思っておりますが……」
言い訳っぽい言い方だったが、アポロの気持ちは理解できる。逆に、アポロの方が中立ではなくスクーデリア王国寄りになってしまっている気がした。
「とりあえず、アポロさんが僕の味方をしてくれていることは知っています。なので、商業ギルドが行っていることとは切り離して考えます」
そう答えると、アポロはホッとしたように肩の力を抜き、複雑そうに笑った。
「ははは……いや、実はヴァン様は全てご存じなのではないかと疑ってしまいますね。遠謀深慮、恐れ入ります」
アポロは先にそれだけ答えてから、改めて本題に入ろうと口を開く。
「……ソルスティス帝国は、スクーデリア王国が黒色玉及び大砲の開発に成功したのではないかと疑っていました。しかし、商業ギルドからの情報でそれは間違いであると既に承知しています。ただ、商業ギルド側の協力を受けても、私からの報告である長距離射程を可能とするバリスタや、驚くべき建築技術、そしてセアト村で生産される最高水準の武具程度の情報をもらっているに過ぎないのです。そういった経緯から、ソルスティス帝国は何が起きているのかを知る為に、直接帝国の士官をこちらに送り込みたいと考えています」
「なるほど。それで、まずはスクーデリア王国に対して黒色玉の輸出を始めたわけですね。恐らく、大砲以上の最新兵器は輸出してもらえないでしょうけど」
そう確認すると、アポロは大きく頷いた。
「その通りです。まずはソルスティス帝国側から色々と接触をとろうとしてくるでしょう。場合によっては、このセアト村にも帝国の諜報員が来る可能性があるかと……」
「まぁ、情報収集は重要ですよね。状況によっては強大な敵国になるかもしれないのですから」
答えつつ、頭を巡らせる。
相手は様々な手段を用いて情報を集めようとするだろう。しかし、こちらからはそれは難しい。スクーデリア王国はまだ中央大陸にまで辿り着いていないのだ。
困った僕は、ダメ元で質問をする。
「……アポロさん。黒色玉の作り方とか知らないですよね?」
そう尋ねると、アポロは目を瞬かせてから苦笑した。
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