商人の協力
それから一ヶ月。すっかりいつものセアト村の日常に戻った頃、珍しい来客が訪れた。
商業ギルドのアポロだ。
「お久しぶりです、ヴァン様」
「アポロさん! 今日はまた凄い人数ですね!」
城門まで迎えに行き、アポロと対面してすぐにそう言った。それにアポロはいつもの表情で微笑む。
ヴァン君が驚くのも無理はないというものだろう。なにせ、アポロの後ろには大型馬車の大群が街道を埋め尽くしているのだ。もはや何十台あるかも分からない。
「す、すごいですね」
アルテもその数に驚きの声を上げる。ちなみに、主に相手をするベルとランゴはというと、我慢できずに挨拶もそこそこにして馬車に向かって走っていった。
「お、おぉ! これは、中央大陸の貴重な布類!」
「これも凄い! 貴重な陶器、銀食器に絵画……!」
二人が大騒ぎするのを横目に、アポロを見る。
「もしかして、中央大陸の輸入品? いくら何でも早過ぎると思うけど」
驚いてそう尋ねると、アポロはいつもより少しだけ、自信を覗かせた笑みを見せた。
「……えぇ、誰よりも早く、これをお届けする為に準備しておりました。ヴァン様、この度の勝利、おめでとうございます」
そう言って笑うアポロ。
「あ、ありがとうございます。もしかして、戦争中に中央大陸まで戻ってイェリネッタ王国を縦断して? 海岸線から?」
「ご明察です。国境は封鎖されていたので、イェリネッタの最南東の町で待機していました。もう少しかかるかと思いましたが、まさかシェルビア連合国共々属国にして勝利するとは、流石でございます」
「いやいや、陛下のご采配ですよ? 僕が勝利をもたらせたみたいな言い方はダメですから」
アポロの物言いに思わず心配になって指摘する。それに分かりやすくアポロが目を丸くしてみせ、頭を下げる。
「ああ、これは気が付きませんで……申し訳ありません。それでは、そろそろ本題ですが、どこか込み入った話ができる場所はありますか?」
「込み入った話? とりあえず、領主の館に行きましょうか」
そんなやりとりをして、アポロを領主の館に案内した。ちなみに、馬車はセアト村の城壁内の端っこに移動してもらった。外は流石に危ないし、かといって領主の館前の広場はスペースが明らかに足りなかったからだ。
領主の館の応接室に行き、ティルに紅茶とお菓子をお願いする。部屋に残ったのはアルテ、カムシン、エスパーダと、流れでベルとランゴの二人も同席している。
ただの輸出入ならばともかく、今回は中央大陸からの輸入となる為、エスパーダにも来てもらったのだ。
座っているのは僕とアポロ、そしてベルの三人だけである。他の人達は席を囲うように立っていた。
「まずは、状況説明から」
アポロはそう切り出すと、テーブル上に地図を広げる。高さはさほどなく広いテーブルだが、そのテーブル上の殆どが地図でいっぱいになった。
地図を見て、すぐにベルが口を開く。
「おぉ! これは、中央大陸の詳細な地図!?」
その言葉を聞き、地図をじっくり見てみた。左側には西の大陸であるグラント大陸の名がある。そして、右側には少し縦に長い大陸があった。これが、中央大陸か。名はリース大陸というのだが、面積はグラント大陸と同等の大きさに思える。その大陸の、なんと北半分がソルスティス帝国の領土となっている。
これは、イェリネッタ王国とシェルビア連合国を併合したスクーデリア王国と並ぶほどである。
「……これは、どうやってこれだけ大きな国を維持しているのか見てみたいくらいだね」
そう言ってソルスティス帝国の領地を指でなぞってみる。それを見て、カムシンが顔を上げる。
「大きな国を作るのは難しいんですか?」
素朴な疑問だ。それにアルテが興味深そうにこちらを見てきた。貴族として興味を抱いたのだろうか。とりあえず、話を進める前に簡単に説明をしておこう。
「大きな国を維持する為には、とってもしっかりとした法律が必要なんだよ。それに、遠く離れた領地を管轄する人を用意するのも難しいよね。理屈としては、きちんとした法律できちんとした管理者が完璧に各地を管理できるなら、どれだけ領地を拡げていっても大丈夫と思う。でも、中々そうはいかないんだよね。法律が穴だらけなら悪いことをする人がいっぱい出てきて治安が悪くなるし、騎士団の運営が下手な人がいたら他国に攻め込まれちゃう。そもそも、遠く離れた場所を悪い管理者に任せてしまったら、国に内緒で自分のお金儲けをしちゃう人とかも出てくるよね。最悪の場合反乱を起こされちゃったりもあり得るし」
ソルスティス帝国の領地を使って、国を大きくするリスクについて解説する。すると、カムシンは真剣な顔で唸る。
「なるほど……確かに、いろんな考えを持つ貴族の人達がいるので、すぐにバラバラになってしまいそうです」
カムシンがそう口にすると、アルテが少し不安そうにイェリネッタ王国を指差す。
「そ、それでは、今のようにイェリネッタ王国とシェルビア連合国が属国になった場合はどうなのでしょう……?」
その言葉に、浅く頷く。
「このままじゃ駄目だと思う。つい先日まで争っていた相手だからね。スクーデリア王国への不信感が強い状態で統治しようとしても上手くいくわけがない。だから、管理者として信頼が置ける人が必要だ。それも、元敵国の貴族や騎士団を自由にさせないだけの能力がある人じゃないと務まらない」
「……む、難しそうです。そんな人がいるのでしょうか?」
「その為の法律なんだ。長い年月掛かってもその法律を浸透させれば管理は難しくない。属国や属州となる場所にはある程度の自治権を与えるのも良いかもね。自分たちの文化や生活は残るし、不満が溜まりにくいかも」
確か、ローマ帝国とか過去の国はそんな統治をしていたはずだ。うろ覚えの記憶を思い出しながらそう告げると、何故かアポロの方が感極まったような顔で口を開いた。
「おぉ……! 素晴らしい! まさに、私はそのことを進言に参ったのです! これまでにない規模となったスクーデリア王国の領土をどう管理するのか。その参考としてソルスティス帝国の統治方法をお伝えしようかと思っていましたが、不要だったようですね」
アポロは苦笑しながらそう言ってエスパーダを見る。
「執事長のエスパーダ様がそれだけの教育をなされているということですね。本当に頭が下がります。恐らく、この大陸で最も良質な学習がなされていることは間違いありません」
アポロはエスパーダが教育担当だと知っていた為、手放しでエスパーダの功績を称賛した。しかし、それにエスパーダが険しい顔で首を左右に振る。
「いえ、私は確かに領地や統治について教えた際に属国の扱い統制指揮下に組み入れる方法論についても伝えましたが、これほど詳細ではありません。特に、属国の自由裁量権についての有用性などは教えることが出来ていなかったと思います」
エスパーダがそう答えると、皆の目が僕に向いた。
まさか、違う世界にいた前世の知識です、なんて言えるわけがない。少し考えつつ、実際に感じていたことを交えて答える。
「えっと、エスパーダに習った時に考えたんだよ。自分の国を町だと仮定すると、当時の僕は同じ町の端っこでもどうなっているか分からなかったんだ……それはカムシンが奴隷として売られそうになっているのを見た時に実感したんだよ。誰が、何をしようとしているなんて簡単には分からない。それが隣の町とかなら絶対に無理だよね」
喋りながら、どうにか話がまとまってきた。皆も真剣な顔で聞いてくれている。
「……一つ一つの町や、他の領地が反乱も起こさずに平和に統治されているのは、王国法と各領内政令、騎士団の存在、そして各地の領主の力によるものだと思う。そう考えていくと、領地を広げていく時に大事なのは法律と領主なんだけど、今までのやり方だと元敵国だった地はそうもいかないよね。それは、セアト村に初めて来た時に思ったんだ」
そう告げると、エスパーダが自らの顎を人差し指と親指で揉みながら唸る。
「……なるほど。確かに、ヴァン様はセアト村に来てすぐに王国法や村の統治について疑問をもたれていましたね」
と、エスパーダは何度か小さく頷き、答えた。
「……神童。以前から勿論理解しているつもりでしたが、まだまだ認識が甘かったようですね」
最後に、アポロがそんな感想を言ってまとめた。おお、とっても勘違いされている。中身が十歳じゃないのだから当然なのだが、それも説明できない。
仕方がないので、曖昧に笑って返答を控えたのだった。
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