今後のヴァン君のしたいこと
数日滞在して、陛下達はそれぞれの領地に戻った。その滞在期間に、陛下に質問されて色々と要望を伝えている。
一つ目は、属国になったとはいえ、イェリネッタ王国が隣接するのは怖い為、人質にもなるフレイトライナ王子を部下に欲しいという内容。冒険者の町の管理者にすればエスパーダを手元に戻すことが出来るというのが本音だ。
二つ目は、センテナを守るタルガを部下に欲しいというもの。あの実直な騎士は間違いなく信頼出来る。信頼出来る部下というのは貴重である。なんならタルガにイェリネッタの要所の監視者を任せたいくらいだ。
三つ目は、パナメラ子爵に領地をあげられないか、というものだ。唯一の同盟を結んだ貴族でもある為、出来たら僕の領地近辺だとありがたい。
その三つを伝えたところ、陛下は面白そうに笑って頷いた。
「今後、ヴァン男爵はこれまでの活躍が霞むような功績を上げるだろうな。楽しみにしておるぞ!」
そう言い残して、陛下はセアト村を去っている。何か、変な勘違いをされている気がして仕方がない。
だが、一先ずはこれでゆっくり出来ると喜ぼう。
「ティル〜……お菓子〜……」
「はーい! 今日はシェルビア産の果物が手に入りましたので、フルーツパイです!」
「うわ、美味しそう」
配膳台を押して現れたティルにそう返事をして、ソファーで横になったまま配膳台の上を見る。お皿の上には焼きたてのパイがあった。甘く香ばしい香りが食欲をそそる。
「切り分けて〜」
「はーい」
だらけきってお願いすると、ティルは笑いながら返事をした。
ソファーに座り直すと、小皿に切り分けてもらったパイにフォークを刺し、口に運ぶ。
パリッとしたパイ生地は香ばしく、噛めば甘みがあった。中身はトロリとした食感で、濃厚な果物の甘酸っぱさが口の中に広がる。パイ生地と混ざり合い、見事に調和した味となっている。
今回の戦いで勝利したことにより、シェルビア連合国とイェリネッタ王国の両方から多額の税が納められることとなった。
また、両方の国の王侯貴族の私財までも相当数を差し押さえとしている。更に、反乱出来ないように騎士団の人数制限や黒色玉、大砲などの兵器も押収した。
このことから、シェルビア連合国もイェリネッタ王国も財政が悪化することが懸念され、一部の税を現物で支払うことになった。これには陛下も難色を示したようだが、元々他国から輸入していた物に関しては貨幣で受け取るよりも益が多いと判断し、一部を認めることとなった。
その一つがシェルビア連合国の果物だ。
「美味しいね」
紅茶を頂きつつ、感想を述べる。それにティルが微笑んでいたが、ふと、僕を見て首を傾げた。
「どうしたの?」
尋ねると、ティルは苦笑しながら答える。
「ヴァン様、ちょっと太りましたね」
「……っ!? え、ぼ、僕……? ふ、ふと……」
思わず、自らのお腹をチェックする。ぷにぷに。
慌ててはならない。まだ、引き返せる。そう考えて、再び紅茶を一口飲んだ。
「……ふぅ。ティル? 僕は今、成長期なんだ。だから、あえて太っているんだよ。細胞を増やして、成長を促進させなければならないんだ。あ、成長は横じゃなくて縦だからね? 計算では身長二メートルを軽く超えるはずだから」
「な、なるほど。流石、ヴァン様ですね」
かなり無理のある言い訳を並べたのだが、ティルは目を輝かせて褒めてくれた。罪悪感が半端ない。
「……ごめんなさい。自堕落に過ごした結果です。運動します」
素直に謝罪して、ソファーから立ち上がる。
「ディーの特訓を理由をつけて休んだけど、今から合流しよう! あ、最後に一つ」
決意を新たにそう言って、フルーツパイを一切れだけ食べてから領主の館を出た。ストイックなヴァン君はこれから一気に細マッチョにまで鍛え上げる所存である。
無茶は承知だ。止めないでくれ。
なんとなく減量中のボクサーのような気持ちになりながら、やる気満々で城壁内に即席で作られた修練場に行く。
もうかなり住民も増えた為、修練場はあまり大きな規模ではないが、それでも山あり谷ありの激しいアスレチック場状態だ。
「まだ走り込みかなー」
そんなことを思いながらキョロキョロしていると、ちょうど山の上に人影が現れた。ロウだ。
しかし、様子が変である。背中が曲がり、顔は俯きがちになっていた。まるで腰の曲がった老人だ。
怪我でもしているのではなかろうか。心配になって様子を見ていると、その後に続いてカムシン達も現れた。総勢三十名ほどだろうか。
全員が、ロウと同様に老人のようになっている。
息も絶え絶えといった様子で山を登り切り、すぐに下り始めるが、その様子はゾンビにしか見えない。
「足を止めるな! さぁ、敵はもうすぐそこだ! 一度下ったら折り返すぞ!」
最後尾を、元気一杯のディーが現れた。ディーの命令に、皆の顔が悲壮なものに変わる。そうだった。ディーは今戦いのテンションを保持していて、物凄く厄介な存在になってしまっているのだった。
「や、やっぱり止めておこうかな……いきなり無理はダメだからね。作戦は命を大事にでいこう」
自らに言い聞かせるように呟いてから、そっと踵を返した。
しかし、遅かった。
「やや!? そこにいるのはヴァン様ですな! やぁ、良くぞ楽しい特訓場へ! ちょうど走り込みの前半戦が終わる頃ですからな! 後半戦だけでも……おっと、いかんいかん。終わりを教えてしまった。目標値を知らずに走り続けるほうが精神鍛練になったというのに」
と、ディーは上機嫌に言う。いやいや、今まさに精神鍛練状態だよ。ロウ達の絶望した顔を見なさい。この世の終わりみたいになってるから。
「さぁ、ヴァン様も鍛練用の服に着替えましょう! ほら、皆の者! すぐに反転して宿舎に戻れ! ヴァン様がお着替えになる!」
その号令に、ゾンビ達は足を引き摺るようにして向きを変え、再び来た道を戻り始める。
「さぁ、ヴァン様! この最前列へ!」
鬼は僕にもゾンビの列に加わるように言った。もう、逃げ場は無い。
「……お、お手柔らかにお願いね……」
「わっはっはっは! 面白い冗談ですな!」
「どこ? どこに面白い冗談の部分があった?」
そんなやり取りをして、僕は迂回するようにして宿舎を目指す。出来れば走って逃げたいが、罰が怖い。明日から毎日一日中訓練なんて言われてしまうかもしれない。
仕方ない。覚悟を決めよう。そう思って、僕は泣きそうな気持ちで歩いたのだった。
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