勝ち確
イェリネッタとシェルビアの連合軍を撃破し、更にセンテナを最強の防衛拠点に改築した。その効果は高く、シェルビア連合国の騎士団はまだ二万近くの兵力を保持していたのだが、それでもタウンカーは敗戦の将らしく殊勝な態度だった。
重傷を負っていてまだベッドから起き上がれていないジャルパは会談に応じず、仕方なくパナメラと僕がタウンカーと交渉することになった。とはいえ、パナメラは既に要求を述べているので、ジャルパからの意向を伝える程度で終わり、タウンカーは騎士団の半数を率いてシェルビア連合国の首都へと向かったらしい。
一方、僕はようやく帰れると安心していた。マイダディは順調に快復してきているし、そろそろセアト村に戻っても良いだろう。
「……父上も杖をつけば歩けるようになったし、そろそろセアト村に戻ろうかな」
パナメラやタルガ、ストラダーレとの会議中にそう告げると、パナメラが腕を組んで首を左右に振った。
「何を言う。今からシェルビア連合国の騎士を集められるだけ集めてイェリネッタ王国に一番槍で殴り込もうというところで……」
パナメラが不機嫌そうにそう言うと、タルガが苦笑しながら頷く。
「そうですね。シェルビア連合国の協力が得られそうなら最大限利用した方が良いでしょう。とはいえ、ヴァン様に来ていただいたおかげでセンテナを守ることが出来ましたから、ヴァン様が帰りたいと言われるならば止めることは出来ませんね」
タルガはそう口にして微笑を浮かべた。おお、タルガ君。中々話せる奴じゃないか。僕はそろそろセアト村に戻って大浴場で心の洗濯をしたいのだ。よきにはからえ。
そんなことを思いながら成り行きを眺める。すると、ストラダーレが難しい表情で、こちらを見た。
「……ヴァン様。ジャルパ様は暫く戦場に出ることは出来ないでしょう。勝手なお願いではありますが、センテナの防衛をしていただけないでしょうか」
そう言われると、弱ったマイダディを実際に見ている以上断り辛い。
「うーん……それなら、タルガさんがセンテナを守りやすいように移動式バリスタを提供しようかな。後、サービスで特製の剣も」
「おお、それは心強いですね」
タルガは素直に喜んでいた。今まで会った中で最も大きな体躯を持つ男ながら、中々好ましい性格である。
ストラダーレは僕とタルガのやり取りを聞き、小さく息を吐いた。
「……仕方ありません。そもそも、フェルティオ侯爵家の領地と隣接するセンテナを守るのは我々の責務。独立なさったヴァン様が身を削る義務はないのですから」
ストラダーレは残念そうに呟く。それを聞き、パナメラが鼻を鳴らして笑った。
「少年を辺境の村に追いやったのはフェルティオ侯爵本人だろう? 今更虫の良い話だな。私ならそんな頼み事など口が裂けても言わんぞ」
意地悪な言い方でパナメラが指摘し、ストラダーレは表情を暗くする。
「……耳が痛い話です。ここだけの話ですが、ヴァン様が出立された日から、何度も騎士やメイド達から何とか御当主に嘆願して呼び戻すことはできないのかと言われておりました。しかし、ジャルパ様がお決めになったことに否など言うべきではありません」
「ふむ。その話を聞く限り侯爵家で一番の失態はエスパーダ殿とディー殿を手放したことだな。主人に反対意見を述べることができる家臣は貴重だ。賛成者だけで身の周りを固めてしまえば、やがてその家は衰退する」
パナメラはストラダーレの目を見て見下すようにそう告げた。ストラダーレは何も答えず、ただ俯くのみである。
「ま、まぁまぁ……とりあえず、僕は帰るからね? 防衛はできるようにしとくから、それで許してよ」
僕のために争うのは止めて! 思わず悪ノリでそんなことを口走りそうになったが、ストラダーレがガチ凹みしてるので言えなかった。
僕の言葉を聞き、ストラダーレは神妙な顔で深く一礼する。
「……深い温情を頂き、感謝いたします」
「いやいや、気にしないで良いから」
本当に余計なことを言わなくて良かった。久しぶりに思い出したが、ストラダーレはクソ真面目なのである。
「ストラダーレとタルガさんには良い武器を造ってあげるから、頑張ってセンテナを守ってください」
「承知しました」
「この命に替えても……」
「重いよ!」
そんなやり取りをして、ようやく僕の帰宅が決まったのだった。
ジャルパの休む一室に行くと、ベッドではなくソファーに腰掛けたジャルパの姿があった。
一瞬、誰か疑うほど疲弊し、痩せた姿である。どうやら、傷の痛みはどうしようもなく、食事も睡眠も満足に取れていなかったらしい。
「……ヴァン、か」
掠れた声で、ジャルパが名を呼んだ。なんとなく怒られるような気がして足が前に出ない。
「そこに座れ」
「……はい」
結局、椅子の指定までされて座るように促されてしまった。小さなテーブルを挟んではいるが、場所はジャルパの正面の椅子である。
そっと音を立てないように座るが、物凄く居心地が悪い。
ちらりと盗み見ると、ジャルパは身体の失った部分はそのままだった。服を着てはいるが、あるべき場所に盛り上がりがない為、誰でも一目で分かるだろう。
なにを言えば良いか。もう帰ると告げたら怒られないだろうか。
そんなことを考えていると、ジャルパは真っすぐに僕を見て、口を開いた。
「……ヴァン。これから何をする?」
端的な質問だ。だが、妙に懐かしい言葉だった。
そうだ。これは、フェルティオ侯爵家で暮らしていた時、毎朝聞かれていた質問だ。その度に、僕は勉強や剣を学ぶと答えていたと思う。あの時はジャルパのことが怖いと感じていたし、下手な返事をしないように多少の緊張感をもって答えていた筈だ。
懐かしいが、その時に比べて遥かに弱ってしまっているジャルパの姿を見ると物悲しい気持ちにもなる。
「……どうした。何故、答えない」
色々と考えていると、ジャルパが不審そうに眉根を寄せて同じ質問をしてきた。
軽く頷いて、ジャルパの目を見て答える。
「今から一度セアト村に戻ろうと思っています」
「……戻る、だと? 今の状況ならシェルビア連合国は属国に近い立ち位置となるはずだ。誰が見ても、シェルビアに協力させてイェリネッタ王国の領地まで攻め込むべきだろう。主力が出払っている現状なら、王都を落とすことも可能だ」
ジャルパが掠れた声を低くしてそう言った。勿論、そんなことは分かっている。しかし、シェルビア連合国の領地を突き進み、更にイェリネッタ王国の国境付近の砦やら城塞都市やらを攻略しながら進軍するとなると、数か月もの大移動となる。
挙句、王都を武力で制圧したら補修作業をやらされる可能性もある。下手したら家に帰り着くのは一年後などもあり得るだろう。
僕はのんびりお風呂に入ったり食事が出来る毎日が重要なのだ。
だが、そんな本音を話せるわけもない。そう思い、適当な言い訳を考えて答えることにする。
「……僕はそんな目先のことの為に動いているわけではありません。僕の目標は中央大陸です。シェルビア連合国やイェリネッタ王国については通過点としか思っていないので、その為に割く時間はありませんよ」
そう言って様子を見ると、ジャルパは目を僅かに見開き、唖然とした表情となった。偉そうなことを言うなと怒られるだろうか。いや、そもそも陛下率いる王国軍を戦わせておいて自分は高みの見物作戦がバレたのかもしれない。
内心ハラハラしながら返事を待っていると、ジャルパは深く息を吐いて目を細める。
「……これまでも多くの間違った選択をしてきたとは思っていたが、どうやら侯爵家として最も大きな過ちはこれだったようだな」
「これ、とは僕のことですか?」
よく分からないジャルパの言葉に聞き返すと、鼻を鳴らして含みのある笑みを浮かべる。
「……今や貴様は我が侯爵家より独立した。男爵家とはいえ、一つの家の当主であるならば自分で考えるがよい」
それだけ言って、ジャルパは押し黙った。とりあえず、帰宅について否とは言われていないので由としよう。
「……それでは、僕は僕なりに考えて動こうと思います」
一応、真面目な雰囲気だけ出してジャルパにそう告げると、そっと部屋を後にしたのだった。
さぁ、セアト村に帰るぞー!
お気楽領主6巻、3月25日発売決定!
コミカライズ版5巻も同時発売予定です!
皆様、是非チェックしてみてください!・:*+.\(( °ω° ))/.:+
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