行商人の来村
謝肉祭は大いに盛り上がった。
盛り上がり過ぎて、交代で外の警戒をしていた村人たちから嘆願され、夜中まで行われることとなった。
百五十人近い人数で肉を楽しんだが、肉は全く減った感じではない。
「美味い、美味いなぁ!」
「くぅ……! もう入らん……!」
「明日も頂けるのだろうか……」
謝肉祭終了後も、片付けをする村人達の中には肉をつまむ者が続出した。
村人たちはすっかり餌付けされたらしい。朝になって見回りに行くと、村人達からは次々に声を掛けられた。
「ヴァン様! おはようございます! 肉、旨かったです!」
「領主様、見回りお疲れ様です!」
「領主様! ティルさんをお嫁にください!」
「はぇっ!?」
僕が歩く度に好意的な挨拶やお礼が投げかけられ、大変嬉しい。だが、最後にティルと結婚したいと言った奴。そんな言葉はディーを倒してから言うが良い。
取られるのが嫌なので、僕はティルの手をとって歩く。
「あ、ヴァン様が久しぶりに私の手を……うふふ、甘えたくなりましたか?」
嬉しそうにそう聞いてくるティルの目は慈愛に満ちている。まぁ、八歳だからね。お子様の特権である。しかし、大通りを歩いていると微笑ましい顔で皆に見られているため、気恥ずかしい。
「あ、離しちゃうんですか?」
残念そうに言われたが、ヴァン君は領主である。可愛さも大事だが、威厳も大事なのだ。
「ティル? ティルの結婚相手は僕が一番優しい人を見つけるからね」
そう言うと、ティルは楽しそうに笑った。
「私はヴァン様のお世話が仕事です。結婚なんてまだまだ考えてもいませんよ?」
拗ねた弟を見るような優しい目でティルにそう言われ、僕は唇を尖らせる。
「だって、あんまり悠長にしてたら、ティルが行き遅れちゃうかも……」
「そ、そんなことはお気になさらず……」
ティルの笑顔が引き攣った。
そうは言うが、ティルも十八歳である。通常ならば、ティルは結婚していてもおかしくない年齢だ。
まぁ、この世界では猶予としてギリギリで二十五歳くらいまではあるかもしれないが、大半は十五から二十までで結婚する人を決めてしまうものだ。
仕方がない。もし二十五歳になるまでに結婚しなかったら僕が貰ってやろうか。
そんなことを考えつつ、僕は村の出入り口に辿り着いた。
左右を確認し、だらけている方の監視役がいる物見櫓に向かう。
階段を登り屋上に行くと、縁にある分厚い手摺部分に肘を乗せて寄っかかっている村人の隣に立ち、同じように街道を眺めてみる。
「何か変わったことはあった?」
「何もねぇなぁ。暇だ。とはいえ、畑組も水汲み組もキツいしなぁ……贅沢は言ってらんねぇよ」
苦笑しつつそんなことを言い、男は振り返った。そして、まず身長が近いティルに気付き、次に僕とカムシンを見て固まる。
一拍の間見つめ合い、すぐさま男は後ずさった。
「ゔぁ、ヴァン様!? も、もも、申し訳ありやせん! 俺は、その、サボってたわけじゃ……!」
冷や汗を掻きながら言い訳を始める村人に苦笑し、僕は村の外を眺める。
「監視は外を警戒するのが仕事なんだから、サボってるなんて思わないよ。でも、街道以外も見るようにね」
そう言って笑うと、男は背筋を伸ばして返事をし、周囲警戒に勤しみだした。
「あ、あれは!」
と、男が急に街道の先を指差して声を上げたため、驚きながら目を凝らす。
じっと目を細めて凝視するが、見えるのは辛うじて黒い点のような影だけだ。
じぃっと穴が開きそうなほど見つめていると、反対側の物見櫓の監視役から声が上がった。
「行商人だ! 行商人のベルさんとランゴさんだぞ!」
顔まで認識出来るのか!?
僕は驚愕しつつ、ティルとカムシンを見たが、二人とも同じような顔で街道の先を見ていた。
良かった。どうやら僕の視力が特別悪いわけではないらしい。
ホッとしつつ、僕は意外に人数が多いことに気がつく。だいぶ近付いてきて、行商人達が二台の馬車であり、周囲に五人か六人の人がいることが分かった。
もちろん、多少近付いたところで顔までは認識出来ない。
「とりあえず、橋は巻き上げてバリスタ構えようか」
「ヴァン様!? 盗賊じゃありませんよ!?」
村人が驚くが、見知った顔を一人二人見かけたから大丈夫だなんて思ってはいけない。
「馬車の中や周りにいる人が護衛や商会の人じゃなくて、盗賊の可能性もある。脅されている場合だってありえるからね」
僕がそう言うと、村人は不服そうに押し黙った。まぁ、よく分からないだろうな。
だが、村を守るためなら疑心暗鬼くらいで丁度良いと思っている。
「ティル、ディーとオルトさんを呼んできて」
そう言うと、ティルは「はい!」と良い返事をして走っていった。
「さぁ、ようやく機会が訪れた」
僕はそう言うと、自身の持つ短剣を見る。侯爵の家紋であるベヒモスのレリーフが光を反射させた。
ようやく訪れたチャンスだ。やらなくてはならないことがいくらでもある。
アーマードリザードの素材や肉を売り、金を得なければならない。村で手に入らない調味料や食材も買わなくてはならない。
他にも、他の町や村、隣の伯爵領の情報を得なくてはならない。
そして、我が村には素晴らしい特産品があると宣伝もしなくてはならないのだ。
今回の機会を生かすも殺すも、まさに僕の手腕に掛かっている。
徐々に近付いてくる商人達の顔もようやく認識できて、僕は笑みを浮かべた。
驚いた顔をした商人、ベルとランゴは、村の防壁を見上げ、目と口を丸くした。
護衛の冒険者らしき男達と何か会話しているところに、僕から声を掛けることにした。
「商人の方とお見受け致します。僕は領主のヴァン・ネイ・フェルティオです。商人の方は商会名とお名前を。護衛の方は職業とお名前をお願いします」
僕がそう告げると、商人や冒険者は顔を見合わせて何か話し合いはじめる。暫くして、一番前にいる商人の青年が口を開いた。
「わ、私はメアリ商会のベルと申します。もう一人は弟のランゴです。護衛は冒険者のエアさん率いるBランクパーティー、銀の槍の皆さんです」
ベルがそう紹介すると、ランゴが頭を下げ、エアと呼ばれたスキンヘッドの男が銀色の槍を掲げてみせた。
それに、僕は隣に立つオルトを見る。
「知ってる人?」
そう聞くと、オルトは頷く。
「はい。よく冒険者ギルドで会ってたし、一緒に呑んだこともありますよ」
それを聞き、改めてベル達を見る。
「入村を許可します。ようこそ、我が村へ!」
僕がそう言うと、村人達が急いで橋を下ろし、開門する。
それを横目に見ながら、僕達は早足で地上に戻り、門を目指した。
ちょっとおっかなびっくりといった様子で、ベル達が馬車を引き、入ってくるところに間に合う。
村の中では一番にロンダが歩み出て、軽く会釈する。
「待ってたぞ。よく来てくれた」
ロンダがそう言うと同時に、村人達がわいわいと集まって馬車を取り囲む。
村人達からすれば久しぶりの外からの品が届いたのだ。否が応でもテンションが上がる。
ベルはようやくいつもの村の風景に触れてホッとしたのか、強張っていた顔に笑顔が戻った。
「中々来られず申し訳ない。途中でちょっと足止めを食らってしまって……」
そう言うベルの方へ歩いていくと、ベル達は慌てて背筋を伸ばした。
「やぁ、お手間をとらせました。改めてご挨拶を。ヴァンです」
そう言って笑うと、ベルは眉間に皺を寄せて深く一礼し、僕を見る。
「ベルと申します。宜しくお願い致します。ところで、大変失礼ですが、もしやフェルティオ侯爵家の四男のヴァン様ですか?」
そう聞かれ、僕は首を傾げる。
「そうですが、僕のことを?」
侯爵家は有名だろうが、僕自身そんなに有名人のつもりは無いのだが。
疑問に思っていると、ベルは面白いものを見たような顔で口を開く。
「いや、侯爵様の城下町では話題になっていたもので……侯爵家一番の天才が、今どこにいるのか、とね」
と、そんな言葉を言われて、僕は目を瞬かせて口を噤んだ。
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