アルテの人形達
パナメラの作戦は上手く行った。
目的通り、敵の砲撃を上手く外しつつ、バリスタを射程範囲内で準備することが出来た。更に、一台も砲撃されることなく矢をそれぞれ発射することまで出来たのだ。まぁ、僕だったらそもそも攻め込むようなことはしないが、殆ど被害を受けずに一方的に先制攻撃を成功させたのは素晴らしい功績だろう。
恐らく、バリスタの矢を撃ち込まれたイェリネッタ王国とシェルビア連合国は攻撃対象をパナメラとバリスタに絞ってくるだろう。そうなると、今度は徒歩の騎士団も城壁まで辿り着く目が出てくる。本来なら間違いなく砲撃を受けてまともに進むことも出来なかっただろうが、パナメラの作戦のお陰でそれが可能になったのだ。
ちなみに、僕は後方から砲撃の角度や有効射程の分析を続けており、絶対に砲撃されない位置から状況の把握を行っている。何ならアルテとティルと一緒に装甲馬車の中から外の様子を窺っているような状態である。暗殺が怖いのだから、許してもらいたい。
「ヴァン様、騎士団が有効射程圏に入りました。そろそろ、装甲馬車も砲撃を受けるかもしれません」
馬車の御者をしていたカムシンが、緊張した様子でそう口にした。カムシンは当初からパナメラの囮作戦を不安に思っていた。単純にパナメラの身に危険があるという点で反対していたのだが、パナメラが見事に無傷で囮作戦を実行した為、心配は動きが遅い装甲馬車の方へ移ったらしい。
装甲馬車は発射をする際に必ず地面に脚部を接地して固定する必要がある。そこをタイミング良く砲撃されたら回避は出来ないのだ。
とはいえ、装甲馬車は前面の盾部分を強化している為、一撃で破壊されることはないと思う。いや、そうであってほしいと願っているというべきか。悲しいが、装甲馬車はまだ砲撃を受けたことがないので強度に絶対の自信など無い。
まぁ、最悪装甲馬車が壊れたところで再度作成すれば良いが、それを操作していた人員は取り返しがつかない。特に、独善的で申し訳ないが、我が騎士団の団員は失うわけにはいかないのだ。
「よし。それじゃあ、もう一手攪乱の為の策を使うとしようか。パナメラさんも口にはしなくても期待していることだろうし」
ヤキモキしているであろうパナメラの心情を思って苦笑し、アルテを見た。
「アルテ、人形を出せる?」
「は、はい!」
声を掛けると、アルテはすぐに馬車の中で立ち上がり、外へ続く両開きの扉を開ける。外に出てこちらを振り返り、装甲馬車内の人形二体を真剣な目で見つめた。
「……お願い、一対の銀騎士」
傀儡の魔術を行使しつつ、アルテはウッドブロック製の人形二体に声を掛けた。片膝をつくような形で鎮座していた二体の人形は、アルテの言葉を合図に立ち上がり、滑らかな動作で馬車から降りていく。
アルテは常に人形達に意識があるかのように声を掛け、戦いを終えた時は自ら汚れを拭って労っている。そのせいか、なんとなく人形達には本当に意志が宿っているのではないかと思ってしまう時もあった。
「アルテ様、頑張ってください!」
ティルが馬車の中から応援すると、アルテは大きく頷く。
「はい、頑張ります!」
ティルお姉さんの激励を受けてアルテが奮い立つ。二人のやり取りはどこか和むのだが、今は戦いの最中である。ほのぼのと眺めているわけにもいかない。
「アルテ、真正面から戦わなくて良いからね? 弓矢くらいなら大丈夫だけど、大砲の砲撃は直撃したら壊れちゃうかもしれない。無理はしないようにね」
そう声を掛けると、アルテは頷いて人形達を馬車の前に移動させた。人形達は自らの身長を超えるほどもある長大な直剣を持ち、胸の前で構える。空に刃を向けて立つ人形二体には既に歴戦の猛者といった風格さえ感じられた。
「はい、分かりました。それでは……行きます」
アルテはいつになく、即答して動き始める。二体の人形は一度腰を落とし、上半身を前に倒した。そして、地面を蹴って走り始める。
僕はそれに若干の違和感を覚えた。
まるで、焦っているかのような、もどかしい思いに踠いているような感覚を受けたのだ。
しかし、すでにアルテの人形二体は風のような速さで戦場へと突入してしまった。
「……あの速さなら、真っ直ぐに突っ込んでも砲撃されないかもしれない。でも、もしもがあるからね。左右バラバラに動きながら、出来るだけ大砲の照準を集めて」
「はい!」
指示を出すと、即座にアルテの人形が左右に分かれた。その速さは凄まじく、あっという間に騎兵達に追いつこうとしている。
砲撃に怯えながらも前進していた騎士団の皆は、アルテの人形が前に出ていくのを見て歓声を上げた。一部は知らない者もいるが、大半は不死身の銀騎士としてアルテの人形のことを知っている。
その噂を利用したのだ。こちらの陣営は人形が参戦して士気が向上する。そして、相手の陣営はその歓声を聞いていち早く人形達の存在に気がつくだろう。
そうなれば、自ずと大砲の砲台は人形に筒先を向けることとなる。
後は、最前線の距離が詰まっていけば、攻城戦は通常ではあり得ないほどの速度で終わりを迎えるだろう。
そう思っていた矢先、少々予想外の事態が起きた。
アルテの人形に砲撃が集中したのは良いのだが、僅か二、三発だったのだ。いや、狙いが下手なだけかもしれないが、半数以上は明らかにバリスタを狙っている。
「……いくら不死身の騎士とはいえ城壁があるから大丈夫、と判断してるのかな? それとも、バリスタの方が脅威だと感じたんだろうか」
もし人形二体程度と考えているなら、それは少し甘い判断だと思う。確かに、普通の攻城戦であれば二人の騎士だけが城門に辿り着いたところで何も出来ない。梯子を掛けたり、破城槌などで門をこじ開けたりするにしても、数百人の人員が必要だ。
防衛力に自信があるのか、それとも別の何かがあるのか。
頭を捻りつつも、不確定要素が多い時は無理をしないものだ、と考えを切り替える。
「アルテ、人形を少し下がらせようか」
そう告げると、アルテは驚いたような顔をする。
「え? 戻しますか? その、このままいけば城壁まで辿り着けると思いますが……」
珍しく、アルテがそんなことを言った。ふむふむ、少し自信がついたのかな? 自分なりに今がチャンスだと思ったのかもしれない。とはいえ、どうなるか予測できないので不安ではある。
「うん、そうだね……じゃあ、危なくなりそうだったら戻してもらおうかな? アルテの人形は大事な戦力だから、有利な戦況でも無理はしないようにね」
そう告げると、アルテはホッとしたように頷いた。
「はい。分かりました」
答えつつ、アルテは人形を城塞都市に向けて走らせる。若干遠回りをするようにしてジグザグに移動しながら向かっているが、やはり城塞都市まで攻め込みたいらしい。大人しいアルテの意外な一面を見たような気分になって眺めていたが、上手に砲撃を避けて前進している。
大量の矢が飛んでくるが、そもそもウッドブロック製の人形にはあまり効果がない上にミスリルの全身鎧を装備しているのだ。いくら射られようが無視して良いレベルである。
それはアルテも同様の考えだったのか、人形は盾を構えた格好で一気に城塞都市の方へと駆け寄っていった。
「アルテ! 城塞都市に近付き過ぎてるよ!」
「え?」
口を出すまいと思っていたが、嫌な予感のようなものを感じて思わず大声を出してしまった。アルテは驚いてこちらを振り返る。
一方、人形はその間も城塞都市に近付いていってしまっている。改めて指示を出さなければ行動内容を変更しないのかもしれない。どちらにしても、僕の指摘が明らかに遅かったのは確かだ。
そう思った矢先、城塞都市の方向で激しい爆発音が鳴り響き、城壁を超えるほどの高さの黒煙が立ち昇った。
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