パナメラの作戦
きちんと砲撃の届かない範囲で様子を見ていると、パナメラのとんでもない行動に思わず目を丸くしてしまった。
どんな度胸なのか。パナメラは誰もが立ち竦んでしまうような大爆発、炎上の最中、自分の乗る馬の尻を叩いて走り出し、朦々と立ち昇る煙の中へと飛び込んでいった。
「……僕だったら、前半と後半に分けるか、三回に分けて砲撃するところだけど」
死を厭わない見栄っ張りなのか。それとも命がけでハッタリを仕掛けるべき時なのか。
そんなことを考えていると、爆発に若干身を竦ませていたカムシンが口を開いた。
「ヴァン様……パナメラ様が一人で行ってしまいました。他の騎兵はまだ動けそうにありません」
心配そうにカムシンが報告してくるが、そもそもパナメラの作戦はパナメラが一人で前に出ることを前提としているのだ。流れは違っても、やることは同じはずである。
「大丈夫だよ。パナメラさんを信じよう」
そう言って、戦況を見守る。パナメラの作戦はシンプルである。火の魔術を扱えるパナメラが馬を使って敵を翻弄するというのが鍵なのだ。
まさに、今その作戦を実行中ということだろう。
煙が徐々に晴れていき、景色が見えてきた。待つ間にも、大砲による砲撃の爆発はそこかしこから聞こえている。いくら射程範囲から離れているとはいえ、何かの間違いで飛んできたらと内心では冷や冷やしていた。
対して、パナメラの騎士団とストラダーレの指揮する騎士団は待っていたと言わんばかりにパナメラに続き、砲弾が降り注ぐ戦場へと飛び出していく。
「パナメラ子爵に続け!」
ストラダーレが大声で怒鳴ると、騎士達は負けじと怒号のような返事をして駆け出す。
先頭を走るのは僕の用意した装甲馬車だ。その後ろを騎士達が走って付いていく格好だ。そして、騎兵たちはバラけて大砲に簡単に狙いをつけさせないように動いている。
大砲がパナメラが走り去った後の大地を砲撃すると、パナメラはタイミングを見計らったかのように詠唱を終えて火の魔術を放った。馬上からとは思えない強力な炎の矢が城壁の上目掛けて飛んでいき、一瞬で城壁の一部を炎上させる。その威力もさることながら、これだけの距離で正確に命中させるコントロールも素晴らしいの一言だ。
全力で走る馬を操りながらそれをされてしまっては、たとえライフル銃を持っていても当てるのは至難の業だろう。
「はっはっは! どうした、イェリネッタ! どうした、シェルビア! もしや、二千を超える兵などいらなかったか!? 私一人すらも倒せない弱小国の集まりだったか!」
パナメラが高らかに笑いながら馬を走らせ、更に魔術を撃ち込もうと詠唱を始める。
「うぉおおおお!」
「パナメラ様!」
「続け、続け……っ!」
パナメラの圧倒的な火の魔術と自信を感じさせる威風堂々たる態度に鼓舞されて、敵陣に向かう騎士達も喚声を上げて走り続けた。
パナメラとて、本当に一人であの城塞都市を攻め落とせるなどとは思っていない。ハッタリを使って、シェルビア連合国の騎士団を疑心暗鬼にさせることが目的である。
パナメラが挑発すると、砲撃は明らかに勢いを増して次々と撃たれた。しかし、着弾するのは悉くパナメラのいない地面ばかりである、爆炎の中を颯爽と駆け抜けていくパナメラの姿に味方の士気は上がり続け、相手の士気は下降の一途を辿っていることだろう。
しかし、いつまでも一方的な戦いを繰り広げられるなんてことは無い。何と言っても、相手の方が遥かに多い兵力、そして大砲や黒色玉といったこちらにはない兵器を所持しているのだ。いまだに形勢は相手の方が有利なのは間違いない。
「……っ! 矢だ!」
誰かが一番に異変に気が付き、大声を上げた。見れば、城壁の上から弧を描くように大量の矢が発射されている。何百、何千という矢だ。その目を見張るほど大量の矢が、一気に空まで上がり、急降下して地面へと降り注いでくる。
遠目から見ても信じられないような矢の雨とも呼ぶべき一斉斉射だ。
これは、パナメラも奥の手を出すしかあるまい。
そう思った矢先、パナメラはすぐに詠唱を完了して魔術を発動した。
「炎鎖網」
パナメラが魔術を発動した直後、右から左に振られた腕の手のひらから炎が勢いよく吹き出す。炎は空を焼き尽くすように燃え広がり、半径百メートル以上にまで炎の壁を作り上げた。その炎に触れた矢は瞬く間に焼け落ちて炭と化す。
かなり広い範囲を炎で覆った為、大半の騎士達は矢の雨を浴びずに済んだ。だが、右翼の方にいた一部が矢の雨にさらされることとなった。その中には、馬を駆りながら剣を構えるストラダーレの姿もある。
「ストラダーレ!」
思わず、僕は大声で名を叫んだ。どう考えても絶望的だと思ったのだ。
しかし、ストラダーレは表情一つ変えずに空を見上げ、剣を振った。最小限で剣を振り、僅かに身を捩らせる。それだけで、まるで矢はストラダーレを避けるように横を通り過ぎて地面へ突き刺さる。自分に当たりそうな矢だけは斬り落としているのか、数本の矢を剣で防ぎながら走っている。
恐るべきは、馬を走らせながら瞬時にそれだけのことをしているというところだろう。ディーを差し置いて騎士団長に任命されただけはある。
かなりの人数の騎兵が犠牲になってしまったかもしれないが、相手はそれ以上であることは間違いない。
比べものにならない少数での攻撃だというのに、なんと見事な戦いか。
「……でも、そろそろ動いた方が良いだろうね」
そう呟いて、城塞都市の射程圏内に入った装甲馬車を眺めた。ほぼ同時のタイミングで、最前線を走っていたパナメラが戻ってくる。
「バリスタ! 発射用意!」
パナメラが指示を出し、装甲馬車の後方にいた騎士たちが素早く準備を始める。その小隊に指示するのは我らが最強連射式機械弓部隊の隊員達である。
「装甲を立てて! 左右の壁を外して床に! バリスタの弓胴はしっかり伸ばしきって!」
「滑車の部分は必ず何も干渉しないように!」
「台座から見て弦受けが真っ直ぐか確認しなさい!」
もうすっかり機械弓、バリスタのエキスパートになった面々が熟練の騎士達に指示を出す。
きちんと盾の部分を一番に設置したが、幸運にも装甲馬車十台のどれもが組み立て中に砲撃されることは無かった。流石に組み立ての最中に砲撃などされたら多くの死傷者がでただろう。
「移動式バリスタ、完成しました!」
一番に中央のバリスタが完成した。完成を知らせる合図を受け、パナメラは前方の城壁を指し示す。
「城門を狙い、放て! 第二、第三のバリスタは完成次第城壁の上部にある櫓を狙うぞ!」
「はっ!」
パナメラの言葉に、バリスタ隊は次々に発射していく。一発目は城壁の門へ、二発目と三発目以降は指示通り櫓を狙った。
「城門、櫓四つ! 命中しました! 他の五つの矢も城壁部分に命中しています!」
と、成果がわからずに目を凝らしていると、カムシンが教えてくれた。
「大砲なんかより遥かに高い命中率です。パナメラ様も仰っていましたが、大砲はきちんと対処法さえ知っていれば恐れる必要はありませんね」
カムシンが目を輝かせてそんな感想を口にする。
その言葉に笑って顎を引き、遠くを見た。
今は確かに魔術師の優位性を考えたら大砲が有利とは言い切れないかもしれない。しかし、このまま研究が進めば、明らかに魔術師を超えてしまう兵器が誕生するだろう。
それまでに、こちらも様々な準備をしておく必要があるのだ。
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